濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「僕ができるのはここまで」武尊が流した涙の“真意”とは? スーパーレックも「倒されるかと」名勝負を生んだ2人はいかに“超一流”だったか
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byONE Championship
posted2024/01/29 17:41
スーパーレックに敗れた武尊は「僕ができるのはここまでです。これ以上の体を、僕は作れません」と涙ながらに語った
武尊が流した“涙の意味”
ここまでやって勝てないのか。そんな悔しさがダイレクトに伝わってきた。3分×5ラウンドの間のことだけではない。「これ以上の体を作ることができない」というのは、これ以上の練習はできないということだ。
「試合より練習での消耗が激しくて」と武尊は言っていた。「自分が持ってるエネルギーが電池だとしたら、残量を1月28日に使い切るイメージですね。本当に限界ギリギリのところでやってます」とも。長期にわたる“追い込み”トレーニング。復帰戦に向けた練習では疲労が限界を超えてしまい体調を崩した時もあったという。それほどのめり込んでしまうのだ。
武尊の言葉は、スーパーレックに勝てず選手として限界を感じたというニュアンスではないだろう。限界まで準備しても勝てなかったのが辛い。武尊が流したのはそういう涙だった。彼はこの試合にいたるまでの時間のすべて、あるいは全人格をかけて臨んだ闘いに敗れたのだ。
マットにヒザをつき、深々と頭を下げて武尊はリングを降りた。救急車で病院に直行したため、試合後の会見はなし。ONEのチャトリ・シットヨートンCEOは「武尊は引退するということなのか」という質問に対して即座に否定している。リマッチもあるし武尊は(ヒジ打ちありの)ムエタイルールにも興味を持っていると。
とはいえこれは「プロモーターとしての希望」以上のものではないだろう。もちろん引退が決定したように語るのも間違いだ。SNSでは勝てなかったことについての謝罪と応援への感謝をシンプルに綴った武尊。現役を続けるかどうかは最終的に本人が決めることだし、結論に至るまで何度も迷って当然なのだ。武尊が今後どうするのかという“次のトピック”にいま飛びつくのは、彼が繰り広げた闘いに対してあまりにも軽薄ではないか。
スーパーレックvs.武尊は、見たことを一生誇れる試合だった。これから何十年も語られ続けていく試合だ。2024年1月28日、有明アリーナで見たのは人間の肉体と精神、その極限だった。