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「あの人は障害の天才」武豊も絶賛した熊沢重文の技術とは? 有馬記念と中山大障害を制した名手が“危険なレース”に乗り続けた本当の理由
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph byNumber Web
posted2023/12/23 11:04
11月に騎手としての現役生活を終えた熊沢重文。引退の契機となったのは障害レースでの落馬事故だったが、「障害は本当に楽しかった」と振り返る
悲願の中山大障害制覇…武豊も「あの人は障害の天才」
そして、熊沢さんの積年の夢だった、中山大障害制覇をなし遂げた際の相棒のマーベラスカイザーについて。
「あの馬は、柴田(政見・元調教師)先生から、障害に下ろす馬がいるから乗ってくれないかと言われ、小倉でダートのレースを使ってから障害初戦に向かったんです。障害練習を始めたとき、ジャンプのやわらかさや綺麗さなどは初めて感じたほどの素晴らしさで、この馬で大障害を勝てなかったら、もう獲ることはないだろうな、と思いました。本当にセンスの塊でした。いつもワクワクしながら障害練習を始めているんですけど、こうして化ける馬がいると本当に楽しくて、それこそやめられなくなるんですよね」
マーベラスカイザーは2011年10月の障害未勝利戦を9馬身差で勝って障害初戦を勝利で飾った。
「思ったとおりの、モノが違う勝ち方をしてくれたのですが、すぐに骨折してしまったんです。で、翌年の大障害を勝った。次走の阪神でまた骨折し、放牧先で死んでしまったので、あの馬が障害馬として走った期間は案外短いんですよ。無事でいてくれたら、ぼくの人生も、あの馬の生涯のゴールも変わっていたかもしれません」
武豊が「あの人は障害の天才。着地を見ていて落ちる気がしない」と絶賛するほどの乗り手として、平地でも勝ち鞍を重ねながら障害界に君臨していた熊沢さんは、2022年2月の春麗ジャンプステークスで落馬し、頸椎を骨折。今年の2月、1年のリハビリを経て復帰したが、6月3日のレースでまたも落馬。結局、それが最後のレースとなった。
「もう痛みなどはなく、日常生活に支障はないんですけど、医師に、馬に乗ったら危ないと言われました。37年の騎手生活は、あっと言う間でしたね。ついこの前デビューしたかのような感覚で、いろいろ鮮明に思い出します」