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「捕った瞬間、ミットの中で親指が…」《ソフバン2015ドラ1》高橋純平“戦力外通告”で思い出す高校時代の記憶…両刃だった「旺盛な探求心」
posted2023/12/20 17:05
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
JIJI PRESS
2015年ドラフト1位のソフトバンク・高橋純平投手が現役を引退して、来季からは球団の職員として、セカンドキャリアを歩むという。
高校時代から、実戦で見てその快速球に驚き、会って目の前で話を聞き、さらには、ブルペンで全力投球を受けた相手なら「もう上がるのか」というこちらの感慨もひとしおというものだ。
2014年・秋。県岐阜商2年生・高橋純平投手のピッチングを、東海大会で見て驚いた。コンスタントに140キロ台後半、時々は150キロ台もはさまって、スピードガンの数字以上に低目に伸びてくるように見えるストレートがすばらしかった。
低目なのに、空振りした選手のバットが高橋純平の快速球の下を振っているように見えて仕方がなかった。今でいう「ホップ成分」抜群の球質。ちょっと大げさに言えば、作新学院高・江川卓(元巨人)が3年の春に投げていたようなボールを高橋純平は2年の秋に投げていた。
とんでもないヤツが出てきた……スコアをとる手のひらに、汗がにじんだものだ。
3年目の夏はケガで不完全燃焼
3年夏の岐阜県予選で左太もも肉離れを発症し、わずか打者7人に投げただけで「高校野球」の幕を閉じた高橋純平投手。
その後1カ月ほどして、U-18高校ジャパンに選ばれ、学生ジャパンチームとの壮行試合に登板した高橋投手を見て、まだ明らかに復調途上を感じていた。投球フォームの上・下半身の連動が噛み合っていなかったからだ。
「左ももは痛くはなかったんです。でも、体重の乗せ方がわからない。ストレッチをしていても、伸ばしている感覚もありませんでした。投げていてもスカスカの感じで。ずっと投げてなかったので、肩は軽かったんです。それで左足に乗せた瞬間、体が浮いてしまう。突っ立ったようなフォームだって言われましたけど、それは自分でもわかってました」
「聡明だな」と思った。
早口なのに、詰まったり、言い直したり、口調につまずいたところがない。
「でも、あの時点での自分の状態が確認できたので、U-18には出してもらってよかったです。投手としてはまだぜんぜんダメだってことが実感できた。そこからの練習の指針っていうんですか。何から始めたらいいのかが見えましたから」