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井上尚弥に敗れたボクサーに「佐野君、ごめんな」…判定まで1分51秒、レフェリー中村勝彦はなぜ試合を止めたのか?「悪者になってもいいんです」
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/11/17 11:06
ベテランの佐野友樹を相手に10回TKO勝利を収めた20歳の井上尚弥。判定決着間近で試合を止めた中村勝彦レフェリーは多くの批判を浴びた
試合が終わり、中村はインターネットの佐野vs.井上のニュース記事を読んだ。何気なく下のコメント欄にスクロールしていった。
「試合を止めたことが、くそみそに書かれていたんですよ。佐野選手のダメージと試合展開を含めて、ここだな、と思って止めたんですけど、テレビで試合を見た人は違うように感じたみたいでして……」
レフェリーが褒められることは、ほとんどない。批判にさらされることが多い。
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「悪者になってもいいんです」
中村はそうつぶやいた。辛くて厳しい。割り切らないとやっていられない仕事でもある。
「中村さんの採点は正しいかもしれないけど…」
正しい採点をつけたからこそ、陰口をたたかれたこともある。日本人選手と外国人選手のとある世界戦。接戦の際どい判定にもつれ込み、外国人のジャッジ2人は日本選手を支持し、中村だけが外国人選手に付けた。
「試合とは関係ない、あるジムの会長が『いやあ、中村さんの採点は正しいかもしれないけど、あれは酷いよね』と言っていると聞いたんです。言い得て妙ですよね。採点は正しい。だけど、少しは日本陣営に忖度しろよ、という意味ですよね。自分はね『ああ、あのとき酷い採点をしたな』と思うくらいなら、きちんと自分自身を信じて採点をつけた方がいい。嫌われ者、悪者になってもいいんです」
2016年5月、IBF総会が中国・北京であり、地元の英雄・熊朝忠がホセ・アントニオ・ヒメネス(コロンビア)とのミニマム級指名挑戦者決定戦に挑んだ。熊は序盤にダウンを奪ったが、後半失速。中村は114―113でヒメネスにつけ、判定は2-1でヒメネスが勝った。
「中国のプロモーターがすごく怒ったんです。同じアジアの日本人ジャッジだから、(熊の)味方をしてくれると思ったんでしょうね。関係者から、早く部屋に帰った方がいい、と言われました。しょうがないですよね」
中立・公正。観客の声援や地元の雰囲気に流されず、リング上の攻防のみに集中する。自分の中に確固たる芯がある。それを曲げようとは思わない。
「そういう(批判の)声とかね、プレッシャーに対する耐性が必要。かさぶたみたいなのをどんどん作っていくしかないんですよね」
なかなか癒えない傷。時間が経ち、経験を積み、それがかさぶたとなり、少しずつ強くなっていく。
<続く>