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井上尚弥に敗れたボクサーに「佐野君、ごめんな」…判定まで1分51秒、レフェリー中村勝彦はなぜ試合を止めたのか?「悪者になってもいいんです」
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/11/17 11:06
ベテランの佐野友樹を相手に10回TKO勝利を収めた20歳の井上尚弥。判定決着間近で試合を止めた中村勝彦レフェリーは多くの批判を浴びた
「佐野君、ごめんな」「やっぱり、だめですかね…」
両者の動きに神経を注ぐ。だが、中村は井上が右拳を痛めたことには気づかなかった。
「そういう観点では見ていないので。わかる人もいるらしいですけどね。まあ、ポイントでいったらずっと井上選手だし、試合の流れだって、佐野選手に行くことはなかったですよね」
9回。このラウンドの後半から佐野の反応が鈍くなっていくのを感じた。
「パンチの見切りが悪くなったんです。ジャブが来ても頭を振るとかパーリングとかそういう反応が鈍ってきたなと。次にグラッときたら止めた方がいいなと思い、最終回を迎えました」
佐野が粘って判定までいくか。井上が仕留めてKO決着となるのか。
佐野の被弾が多い。左フックをもらい、ワンツーも浴びた。その瞬間、中村が右手で両者の間に割って入った。判定決着まであと1分51秒のところで試合を止めた。
「あれは4回にダウンしたパンチと同じシチュエーションなんです。佐野選手が右ストレートを出したところに井上選手が左フック。佐野選手の体が一瞬泳いだから止めたんです」
最も間近にいる中村から見ても最後まで佐野の目は死んでいなかった。意識も飛んでない。だが、平衡感覚は狂ってみえた。
力の抜けた佐野を抱きかかえるようにして、耳元でささやいた。
「佐野君、ごめんな」
咄嗟に出た言葉だった。佐野と2歩、3歩と一緒に歩き、コーナーまで連れて行く。
そのとき、佐野が言った。
「やっぱり、だめですかね……」
中村の耳には届いたが、TKO決着による歓声と、試合を止めたことに対するブーイングでその後の2人の会話はかき消された。
ニュース記事のコメント欄で目にした猛烈な批判
佐野は試合から10年以上経っても、「佐野君、ごめんな」の言葉が耳から離れない。
「もっと闘いたい、KOされることなく闘い抜きたい。その気持ちをレフェリーも分かってくれていたんだと思います。まだ、できたと思う。でも、あの展開なら仕方ないですよね」
一方のレフェリー・中村は選手の気持ちを汲み取り、声を掛けた。
「あと2分弱で判定までいく。そこを止めた。本人は倒れるまでやりたいだろうけど、ダメージを考えるともうやらせてあげられなかった。何かを伝えてあげたいなと思うくらいの頑張りと、彼はベテランだから、声を掛けてもちゃんと受け入れてくれるだろうと。一瞬のうちに、言葉になって出たんだと思います」