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「完璧に舐められていましたね」“噛ませ犬”扱いの日本人ボクサーが27戦全勝のホープを秒殺TKO…石田順裕がラスベガスを熱狂させた伝説の夜
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byNaoki Fukuda/AFLO
posted2023/11/12 17:02
2011年4月9日、石田順裕は27戦全勝のジェームス・カークランドを初回TKOで撃破。『ザ・リング』のアップセット・オブ・ザ・イヤーに選出された
ラスベガスを熱狂させ、世界を驚かせた大番狂わせ
長身の石田に対し、タンクのような体をしたサウスポーのカークランドがグイグイと前に出てプレッシャーをかけてくる。パワフルなカークランドに押し込まれたら、勝算はない。石田は相手が突っ込んできたところにカウンターを合わせようとした。
「最初に突っ込まれた瞬間、思わずバックステップしてるんです。でも、怖かったけど出て行かないと勝てない。そこは勇気を振り絞りました。カークランドが打たれ強くないのは分かっていたので」
開始20秒だった。前に出てくる相手に石田が左を打ち下ろすと、カークランドが前のめりにダウン。立ち上がったカークランドに対し、石田は1分20秒すぎに右、左、右のコンビネーションで今度はコーナーに突き落とす。さらに右を決めて3度目のダウンを追加すると、ジョー・コルテス主審が両手を交差。世界を驚かせるアップセットのTKOタイムは、わずか1分52秒だった。
「MGMのメインアリーナが超満員で、99%の人は僕が負けると思っていて、バカにもされて、その中での1ラウンドKO勝ち。会場はとんでもない雰囲気でしたね。試合が終わって、着替えて、メインを見ようと思ってアリーナに入った瞬間、大きな拍手が沸き起こって……。『これ何? もしかしてオレに対して?』と手を上げて応えたら、さらに大きな拍手をもらいました」
この勝利で、今度こそ世界は変わった。ボクシング界の権威『ザ・リング』は同試合を2011年のアップセット・オブ・ザ・イヤーに選出。石田はアメリカの大手プロモーションと契約し、元ウェルター級世界王者でスター選手のポール・ウィリアムスとコーパスクリスティで対戦した。その2カ月半後にはモスクワでWBO世界ミドル級王者、ディミトリー・ピログにチャレンジした。続いて2013年3月にはモンテカルロでWBA世界ミドル級王者のゲンナジー・ゴロフキンに挑戦。いずれも敗れはしたものの、相手はすべて一流のチャンピオン級。ファイトマネーは桁が一つ違った。
「ウィリアムスとピログは自分のパンチも当たったし、『チャンスかな』という瞬間もありましたが、別格だったのはゴロフキンですね。体が強くて、クリンチすらまともにさせてもらえない。普通のジャブでも、石で殴られているみたいな衝撃がありました」