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「日本シリーズは怖い」元阪神・下柳剛が振り返る“王手”から届かなかった“あと1勝”「あそこは伊良部で…」〈03年ダイエーとの死闘〉
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2023/10/31 11:04
恩師である星野監督と下柳。深い信頼関係で結ばれていた
ダイエーとの接戦は1点ビハインドのまま6回表に入った。2死二塁で、シーズン打率.330、34本塁打の主砲、城島健司を迎えた。次の1点が勝敗を左右する、大事な場面だ。捕手の矢野輝弘(現燿大)はマウンドに歩み寄り、下柳と言葉を交わした。
「わざと2ボールにしようか」
同い年バッテリーはパ・リーグ屈指の強打者との勝負を焦らなかった。
「わざと」ボール先行の知略
初球ボール。2球目もボール。3球目まで外れてしまった。それも計算のうちである。一塁が空いていた。振ってこなければ四球で歩かせてもいい。それくらいの余裕があった。内角速球で見逃しストライク。低いスライダーでファウルを打たせ、フルカウントに持ち込んだ。最終球。フォークで空を切らせた。回り道しているように映る配球には、知略が隠されていた。
「ボールを先行させて、わざと城島を打ち気にさせようと。アイツは豪快で大雑把に打っているように見えるけど、早く2ストライクに追い込まれたら、右打ちをしてきたり、細かいことをして面倒な打者なんだ。ボール先行の方が打ち取りやすい」
プロ野球人生22年を振り返っても会心の投球だったという。
「あの時の動画、見てみ。矢野のあの強烈なガッツポーズ、忘れもせん。めちゃめちゃ喜んでいたよ。日本シリーズのような大事な試合で、あそこまでピタリとハマったことはない。お互いの思惑が本当にピタリと合った最高の勝負やったね、俺らにとっては」
ベテランらしくプロの真髄を見せつけると、打線も流れに乗った。その裏、桧山進次郎が斉藤から左前に逆転の2点タイムリーを放った。下柳が6回2失点で降板した後は盤石の継投で逃げ切り、接戦を制した。だが、それでも日本一を夢見られたのは4日間だけである。あの激闘の日々のなか、下柳が痛切に感じたことがある。
「日本シリーズは怖い。ちょっとしたワンプレーでも、流れはガラッと変わる。斉藤がバントをしなかった時点でタイガースに流れが来た。あれはもう、本当に勝ったと思った。日本一だと思った……」