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競馬PRESSBACK NUMBER
落馬事故で絶たれたジョッキーの夢…元騎手見習いがそれ以上に後悔する“競馬学校での苦い記憶”「同じ夢を追う仲間に大怪我を…」
text by
松下慎平Shimpei Matsushita
photograph byGetty Images
posted2023/09/09 17:02
最悪の場合、死に至ることもある落馬事故。元騎手見習いの芸人・松下慎平が体験した「落馬の痛みと恐怖」とは
仲間が骨折…今も後悔が残る「最初の落馬」
そんな私がもっとも後悔しているのは、オーストラリアの競馬学校時代の「最初の落馬」である。それは入学1カ月後に行われた、騎乗訓練中の出来事であった。
角馬場で10人ほどの生徒が乗馬の基礎を学ぶ訓練中、乗っていた馬が物音に驚き、横飛びをした。私はあっけなく振り落とされたが、幸い怪我も痛みもなく「あぁ、落ちちゃったな」くらいで立ち上がった。しかしその直後に私が目にしたのは、乗り手を失い、狭い角馬場を猛スピードで走り回り、他の生徒を次々と落馬させる、自分がさっきまで手綱を握っていた馬の姿であった。
その大暴走によって、生徒の半数以上が地面に叩きつけられていた。私はどうすることもできず、暴れる馬と、避難する仲間を祈るように見守っていた。途中、あることに気づく。角馬場を挟んで、私の反対方向で倒れている生徒が立ち上がらない。よく見ると彼は角馬場の砂の上ではなく、固いコンクリートの上へと振り落とされていた。全身から血の気が引いていくのがわかる。すぐさまインストラクターが彼に駆け寄る。意識はあるようだが苦痛に顔が歪んでいる。彼はそのまま病院へと運ばれていった。
数時間後、彼は腕を吊るして病院から戻ってきた。全治3カ月の骨折。私の落馬のせいで、1年しかない学校生活のうち4分の1を棒に振ることになってしまったのだ。私は同じ夢を追う仲間に大怪我をさせてしまったことが怖くて、申し訳なくて、泣いて謝った。笑顔で許してくれた彼は、幸いなことに3カ月後には元気に馬に跨っていた。
それでも、あのときを超える恐怖はない。この落馬は、今でも大きな傷として私の心に暗い影を落としている。同時に、「自分ではない誰か」の命の責任も抱えてホースマンは馬に跨っているのだと認識した。もし神様がひとつだけ落馬の過去を消してくれるというのなら、私は間違いなくこの落馬を選ぶだろう。
ここまで体験した危険や痛みなどは、競馬界に生きる上でのほんの一例にすぎない。4年ほどしか馬に携わっていない私ですらこうなのだから、現役のホースマンたちはみな、比較にならないほど濃密な経験を乗り越えてきているはずだ。それでも競走馬の隣に立ち、彼らと支え合って生きていくと決めた人々を、私は心から尊敬している。
そして今日も、彼らが愛馬に足を踏まれないことを願いながら、パドックを見るのである。
<前編から続く>