甲子園の風BACK NUMBER
「忘れられない警察の取り調べ」東大を卒業して高校野球監督になり、“不良”野球部員から学んだこと「昔はバックネット裏で勉強させていた」
text by
沼澤典史Norifumi Numazawa
posted2023/07/31 17:58
熊谷高校の監督時代、ノックを行う蒲原弘二郎(東大野球部出身)
エースや4番だというのに、チームの中心人物としての自覚が足りない選手は、指導者としては歯がゆいが、蒲原は本人が気づくまで待つ。それでも気づかないなら、他の選手から自然に言わせるように仕向ける。下級生への指示も、なるべく上級生を通して伝えるようにしている。監督が直接言うと圧が強いし、上級生が下級生になにかを指導するだけでもリーダーシップの育成になるからだと蒲原は言う。
蒲原がこの心境にたどりついたのは、ある赴任先での経験が強く影響している。当時、その高校では素行の悪い生徒がおり、たびたび警察の世話になっていたという。蒲原も生徒に付き添い、警察署を訪れていたが、あるとき、生徒の取り調べにたまたま居合わせてしまった。警察官は生徒に強い態度をとっており、終盤は正視に堪えないほどのすごみ方だったという。
「生徒が助けを求めるように、私をチラッと見る目が忘れられませんよ。しかも、私自身もそのような問題行動がある生徒に対しては強く当たっていました。彼らの側に立っているべき自分が、取調官のような態度に自然と寄ってしまっていたんですね。これではいけないなと思った矢先に次の川越南高校に異動になったんです。今思うと、もっと彼らの思いを汲んであげる指導をすればよかったと、申し訳ないと感じています。そういうこともあって、厳しさではなく優しさで生徒と接するほうがいいのかなと思うようになりました」
「東大野球部に入りたい」朝7時から勉強
蒲原の現在の赴任先である大宮高校は、偏差値72(※早稲田ゼミより)を誇る埼玉県有数の進学校であり、理数科に限れば、浦和高校よりも難関とされる(理数科は偏差値75。※同前)。「原石が集まっている」と蒲原が言うように、この環境では、部活動以上に勉学の指導も重要になる。さらに、少子化の時代にあっては受験生や保護者に訴求するようなパフォーマンスも欠かせない。そこで、蒲原が今年3月から取り組んでいるのが、「野球部東大プロジェクト」である。
「いわゆる進学校では、早いうちに高校3年間の範囲を終わらせています。たとえば、U高校は高校2年のうちに数学の全範囲を終わらせているし、近隣の私立E高校の3年生は、今年5月に終えたとか。その点、うちの野球部の生徒は、野球ばっかりやってるから、高校で勉強すべき範囲がまだ途中で、けっこう焦ってるんですよ。中には、東大の野球部に入りたいと言っている生徒もいるので、もうひとりの野球部顧問とも相談して、朝7時から勉強を教えることにしました。数学は4月いっぱいでひと区切りをつけ、5月からは化学に入っています」
さらに、大宮高校は東大野球部との練習試合も年1回ほど行っている。技術面の向上という目的はもちろんのこと、勉強へのモチベーションを高める狙いがある。