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ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上尚弥20歳の衝撃「こんな動きするやつがおるんか…」 “怪物に敗れた男”佐野友樹が語る10年前の激闘「挑発しても、まったく動じない」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byAFLO SPORT
posted2023/07/24 11:03
2013年4月、後楽園ホールで拳を交えた井上尚弥と佐野友樹さん。当時20歳の井上にとって、プロのリングで初めて対戦した日本人選手だった
「たいしたことねえな」挑発を受けた井上尚弥は…
佐野さんは得意の右カウンターを狙った。ところが、いくら誘っても井上が乗ってくることはなかった。井上は3回に右拳を痛め、右をほとんど打てなくなっていたのだ。井上は大きなハンディキャップを背負ったが、これは佐野さんにとっても誤算となった。
「僕は相手の右に右カウンターを合わせるのが得意なんです。だから右を待っていたんですけど、打ってくれない。拳を痛めたとは知りませんでしたけど、『打ってこないなあ』と……。左が当たるから、左ばかり打ってくるのかと思っていました」
左一本とはいえ、怪物の左は他の選手の左とは違う。佐野さんは井上のパンチに耐えながら、なんとか手を出して食らいつく。一度だけ、いい右が井上の顔面を浅くとらえたシーンがあった。「当たったのは、あの一発だけですね」と本人が振り返る一撃だ。終盤に入ると、井上の息が上がってきたように感じた。少し余裕の出た佐野さんは、何とか状況を打破しようとスーパーホープを挑発してみた。
「8ラウンドくらいでしたか、精神的にプレッシャーをかけたいと思って、『たいしたことねえな』みたいなことを口にしたんです。井上選手は『えっ』みたいな顔をしたので聞こえたと思うんですけど、まったくボクシングは変わらなかったですね。動じないんです。あんなことを相手に言ったのは初めてでしたけど……」
佐野さんはついに最終の10ラウンドまでこぎつける。ポイントは圧倒的に井上の優勢だ。ラウンド中盤、レフェリーが間に入ってTKO勝ちを宣告する。時計は1分9秒。「まだスタミナもあって戦えましたけど、ダウンはしていましたし、1ラウンドも取ってないのでストップは仕方ないですね」と佐野さんは振り返った。
将来有望なスーパーホープを相手に健闘したものの、最後はTKOで敗れた。どんなにいい試合をしても、残ったのは「負けた」という事実だ。そう思っていた佐野さんは試合後、予想もしていなかった経験をすることになる――。
<後編に続く>
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