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ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上尚弥20歳の衝撃「こんな動きするやつがおるんか…」 “怪物に敗れた男”佐野友樹が語る10年前の激闘「挑発しても、まったく動じない」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byAFLO SPORT
posted2023/07/24 11:03
2013年4月、後楽園ホールで拳を交えた井上尚弥と佐野友樹さん。当時20歳の井上にとって、プロのリングで初めて対戦した日本人選手だった
佐野さんが井上戦の準備を進めていた時点で、井岡一翔はすでに世界2階級制覇を達成しており、宮崎亮はWBAミニマム級王座を奪取したばかり。また、2006年にWBAミニマム級暫定王座を獲得した高山勝成は世界タイトルマッチの常連だった。これだけの顔ぶれと練習していたことが、佐野さんの自信の根拠になっていた。
「普通にやっていたらダメだ。前に行くしかない」
こうして東京に乗り込んだ佐野さんだったが、試合開始のゴングと同時に井上の実力を知ることになる。眼前の若者は、今まで対戦してきた相手とはレベルが違った。スピードもパワーもテクニックも一級品で、危機管理能力が高く、ハートも強い。いったいどうすればいいのか――苦しい中でも瞬時に考えをまとめたのは、さすが31歳のベテランと言えるだろう。
「井上選手が試合前に『倒す』と言っていたので、もっとガンガンくると思ったんです。そしたら意外とこない、距離が遠い。僕はもともとアウトボクサーなんですけど、これは普通にやっていたらダメだと。前に行くしかない。しかも右眼をカットして、出血して見えづらくもなっていた。試合の中でスタイルを変えながらつかんでいくしかない。そう考えました」
圧倒的有利を伝えられながら、井上は決して攻め急がず、慎重にボクシングを組み立てた。佐野さんが少しでも攻め気を見せるとスッとバックステップでかわす。入り際にはすかさずカウンターを合わせる。佐野さんは「油断はまったく見られなかった。打ち合おうとしませんでしたから」と感じた。井上はこのころからスキがなかったのだ。
そして2回、佐野さんは井上の左フックを食らってダウンを喫する。劣勢のまま4回にも同じ左フックでキャンバスに転がった。「もはや佐野に勝ち目はない」――だれの目にもそう思えた。しかし、戦っている本人は違った。
「よく、ダウンしたらカウント8まで待ってゆっくり起き上がれと言うじゃないですか。僕はあのときすぐに立ち上がったんですよ。少しでも弱気な顔をしたら止められると思った。ケロッと立ったのが良かった。あと、だんだん慣れてきたんですよ。実はあのとき1年ぶりの試合で、最初は感覚が戻らなかった。それが、試合が進むにつれて慣れてきた。井上選手のパンチにある程度は耐えられる、避けられるようになってきたんです」