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[逆転優勝を許した燕の告白]落合竜に背中を追われて
posted2023/07/21 09:01
text by
佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
KYODO
たった1人の去就が、組織を大きく変えることがある。2011年シーズン、落合博満監督の退任報道によって、2位・中日は覚醒した。追われる立場のヤクルト戦士は、逆転優勝を許すまでの過程で、何を感じていたのか。
2011年11月6日、時刻は夜11時を過ぎようとしていた。名古屋市内のホテルの宴会場。戦いを終え宿舎に戻ってきた選手たちを前に、東京ヤクルトスワローズ監督の小川淳司が口を開いた。
「本当に……申し訳ない……」
それきり言葉が続かない。指揮官の頬を涙が流れ落ち、やがて嗚咽となった。選手たちはユニフォーム姿のまま、ある者は首を垂れ、ある者は目を赤くして宙を見つめている。長く、重い沈黙。シーズン最後のミーティングは、数分のうちに終わった。
その数時間前、チームはナゴヤドームで中日に1-2で敗れ、クライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ敗退が決まった。5月31日から首位を快走し、手中にしかけた優勝を最後に中日に攫われた。雪辱を期したCSでも敗れ、残ったのは「セ・リーグ2位」という現実。3月に東日本大震災が発生し、開幕延期、延長戦での「3時間半ルール」など異例ずくめだった長いシーズンは、虚脱感と共に終わりを迎えた。
当時を小川が振り返る。
「選手たちの頑張りに対して、責任を感じていたし、本当に申し訳ないという思いが溢れてしまってね。今でもやっぱり悔しいですよ。振り返ればチームとしての地力がなかった。それは監督の俺に力量がなかったということでもある。あとはやっぱり、落合さんの退任……あれが大きかったよね」