野球のぼせもんBACK NUMBER
「米ドラ1蹴ってソフトバンク入り」スチュワートの獲得は失敗…なのか? “激ヤセ”経て5年目、ついに覚醒しそう…コーチが語る「なぜ出遅れたか」
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph byJIJI PRESS
posted2023/07/12 11:39
2019年6月、ソフトバンク入団記者会見時のカーター・スチュワートJr.
スチュワートJr.は高校生だった2018年に、大リーグのドラフトでアトランタ・ブレーブスから1巡目指名(全体8位)を受けながらも、身体検査で右手首の懸念が判明したとして契約金が減額されたことで入団交渉が決裂。短大に進学してプレーを続ける中で次の大リーグドラフトを目前に日本行きを決断し、当時19歳だった2019年6月にソフトバンクの入団会見に臨んだ。これほどのトッププロスペクトがこの若さでプロを経由せずに日本球界入りした前例はなく、“金の卵”の決断は日米両方の球界にとって衝撃的だった。
ただ、外国人選手といっても来日当初から即戦力と見込まれたわけではなかった。超逸材とはいえ19歳。いわゆる高卒1年目と見なされ、まずは土台作りを行って3、4年後に一軍でバリバリの戦力になってほしい。そんな青写真だった。
苦悩の日々…「痩せこけていた」
それゆえ来日1年目は三軍が主戦場。成績も度外視……のはずだったが、あまりにも内容が酷すぎた。
ADVERTISEMENT
特に印象深いのがその年の8月、亜細亜大学との練習試合で4回6失点とボコボコにされた試合だ。1イニングだけの大量失点ならば守備の乱れなど偶発的要素も考えられるが、初回1点、2回2点、3回は0に抑えるも、4回は3点と失点を重ねた。
この試合でベンチ入りした当時ソフトバンク三軍投手コーチの入来祐作(現・オリックス投手コーチ)はこう話していた。
「いわゆる日本の野球にやられました。しっかり四球を選んで、走ってきたり。チーム全体で彼を攻略しにきました。狙い球や走塁面の作戦をチームとしてあれほど徹底する野球というのは、彼は初めて経験したんじゃないですかね。アメリカの野球は工夫がないわけではないですが、チームとしてというより各個人で考えながらやるのがアメリカのスタイルですから」