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「酒豪→酒屋購入→引退→中日加入→断酒」“伝説の投手”ドン・ニューカムを知っていますか? サイ・ヤング賞初代受賞者の奇妙な人生 

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藤島大

藤島大Dai Fujishima

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posted2023/07/11 11:00

「酒豪→酒屋購入→引退→中日加入→断酒」“伝説の投手”ドン・ニューカムを知っていますか? サイ・ヤング賞初代受賞者の奇妙な人生<Number Web> photograph by Getty Images

1956年に初代サイヤング賞投手となったドン・ニューカム

 いちばん初めのサイ・ヤング賞投手がいささか普通ではないのだから、後進の隊列に「孤」や「変」や「奇」の者がちりばめられても不思議はない。

 1963年、65年、引退のシーズンの66年に受賞の際立つ左腕、サンディー・コーファックスはドジャースの先達ニューカムについて次のように述べている。

「最初は師、最後は友であった」(オレンジ・カントリー・レジスター紙)

 そう。科学をひょいと超える伝説(コーファックスの球は打者の手元で速度を増して浮き上がるんだ。物理の法則ではありえない? いや俺は見たんだって)の主人公は他者なら語る。しかし自分のストーリーをほとんど口にしなかった。

「キャリアを通して私生活を明かすことを丁重に拒んだ。恋愛や趣味、家族に触れる質問は受け流し、世間とみずからのあいだにプライバシーの壁を築いた」(LAタイムズ紙)。2002年初版の評伝も周辺の取材で構成された。

 絶頂での引退は隠遁によって永久保存された。ファンは偉大な男のわずかな衰えすら目にせずにすんだのである。

「沈黙の巨人」は最下位チームでサイ・ヤング賞

 もうひとり。忘れられぬ沈黙の巨人を。

 スティーブ・カールトン。

「レフティー」と称された。これぞ左腕、そういうことなのだろう。

 1972年。不滅の伝説の主人公となった。ビリのチームのマウンドに立ち続けてサイ・ヤング賞に輝いたからだ。

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