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野茂英雄“メジャーから姿を消した”空白の2年…何が? クラブハウスで私が見た“現役晩年の激変”「あのメディア嫌いの選手が…」 

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水次祥子

水次祥子Shoko Mizutsugi

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posted2023/05/18 11:02

野茂英雄“メジャーから姿を消した”空白の2年…何が? クラブハウスで私が見た“現役晩年の激変”「あのメディア嫌いの選手が…」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

1995年2月、ドジャースと契約を結んだ野茂英雄。全米でトルネード旋風を巻き起こした

メジャーから離れた「空白の2年」

 その後は2年間、メジャーから遠ざかった。デビルレイズから戦力外になった直後にヤンキースに移籍しマイナーでプレーを続けたが一度も昇格するには至らず、翌年3月にホワイトソックスとマイナー契約を結んだが6月には再び戦力外。2007年はメジャー球団に所属せず、その秋にベネズエラ冬季リーグのカラカスと契約した。メジャーの所属球団がない選手が復活を目指して中南米の冬季リーグに出場することは珍しくはないが、日本人選手としては異例だった。

  現役最後となったのは、39歳だった2008年。ロイヤルズとマイナー契約を結び、メジャーのキャンプに参加して、オープン戦の結果次第では昇格できるという、厳しい立場ではあったが3年ぶりのメジャー復帰のチャンスが巡ってきた。ちょうどそのオフに薮田安彦がロッテから海外FA権を行使してロイヤルズに2年契約で移籍しており、薮田と同じ代理人を持つ野茂が約1カ月後に契約を決めたという流れだった。

取材で喋るようになった…なぜ?

 メジャーから姿を消していた2年の間に、野茂は変わっていた。あくまでも先発にこだわり続けていたはずの投手が、そのこだわりを捨てていた。キャンプ終盤のある日の登板後、リリーフでの起用に抵抗はないかと報道陣から問われた野茂はこう答えている。

「キャンプに来たときも、特にどっちとはこだわってなかったので。チームが先発で調整させてくれたことには本当に感謝してますけど、自分自身、そんなにこだわりはなかったので、大丈夫ですよ」

 もうひとつ変わっていたのは、喋るようになったことだ。

 近鉄から任意引退というかたちでメジャーに移籍した野茂は当初、周囲から激しいバッシングを受け、すっかりメディア嫌いになっていた。

 MLBでは選手が取材を受けるのも仕事の1つ、暗黙の義務のような認識がある。特に先発投手は、勝っても負けても囲み取材を受けるのがお決まりだ。そのため野茂も登板後には囲み取材に応じたが、それまでは数個の質問に短く答えただけで終わることも少なくなく、最後は険悪な雰囲気で取材がお開きになったこともあった。

【次ページ】 こぼした本音「投げるのが楽しい」

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