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バットを切断される嫌がらせを“無視”…ベーブ・ルース「伝説の投球」から2年、なぜ野手で起用されたのか? 知られざる「戦争の事情」 

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AKI猪瀬

AKI猪瀬Aki Inose

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photograph byKazuaki Nishiyama

posted2023/05/14 11:02

バットを切断される嫌がらせを“無視”…ベーブ・ルース「伝説の投球」から2年、なぜ野手で起用されたのか? 知られざる「戦争の事情」<Number Web> photograph by Kazuaki Nishiyama

2001年撮影のフェンウェイパーク(ボストン)。1916年8月、この球場でベーブ・ルースの「伝説の投球」が生まれた

 8月15日、本拠地フェンウェイ・パークでのワシントン・セネターズ戦。ルースは9番投手で先発出場。相手の先発投手はMLB通算417勝を記録した伝説の大投手ウォルター・ジョンソン。この時期のジョンソンは4年連続最多勝を記録したまさに全盛期(1913~16年)。試合開始から手に汗握る投手戦となり、9回終了時点で0対0。試合は延長戦に突入する。ルースは13回を投げ、被安打8、無失点。ジョンソンは13回裏、6番ラリー・ガードナーにサヨナラ打を許して敗戦。

 この試合を観戦していたアメリカンリーグのコミッショナー、バン・ジョンソンは、「今まで数多くの試合を観戦してきたが、今日の試合が間違いなく、我が人生で最高の試合だった」と語った。なお、この年のルースは3本塁打を記録したが、6月12日敵地スポーツマンズ・パークで行なわれたセントルイス・ブラウンズ戦で、自身初となる代打本塁打を記録している。

 1917年、先発投手としてフル稼働する最後の年でルースは、41登板、38先発、24勝13敗、防御率2・01を記録。中でも、リーグ最多となる35完投は圧巻だった。打者としては自身の先発試合で2本塁打を記録している。

世界は第一次世界大戦に突入して…

 一方この頃、世界では大きな争いが始まっていた。1914年、ヨーロッパのバルカン半島で火の手があがった紛争は、瞬く間にヨーロッパ全土に燃え広がり、第一次世界大戦が勃発。中立の立場だったアメリカは17年4月6日、フランスやイギリスの連合国に加わり参戦した。17年5月、アメリカに選抜徴兵制が導入され、21歳から30 歳までの男性が徴兵制度の対象となり、数多くのメジャーリーガーが徴兵年齢に含まれた。この戦火の大きな渦が、翌年、ルースの史上初の記録を生み出すきっかけとなる。

 1918年7月1日、アメリカ政府は「働くか、戦うか」のスローガンを掲げ、男性は入隊するか、軍事関連企業で就労する必要があり、拒否した場合は徴兵されるリスクがあった。しかし、ニュートン・ディール・ベイカー陸軍長官は、MLBの選手に対しては、9月2日「レイバー・デー(労働者の日)」まで期間を延長する特例を認めた。

 このベイカー陸軍長官の特例を受けて、実質的にMLBを牛耳っていたアメリカンリーグのコミッショナー、バン・ジョンソンは、9月2日でのレギュラーシーズンの打ち切りを決定。その結果、154試合制のシーズンは、ナショナルリーグで平均126試合、アメリカンリーグで平均125・5試合しか消化することができなかった。

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