甲子園の風BACK NUMBER
「高校野球史上最高」あの江川卓から特大ホームラン…“早稲田実の伝説的バッター”を直撃取材「あの感触は今も鮮明に…」「全部ストレートでした」
text by
太田俊明Toshiaki Ota
photograph byJIJI PRESS
posted2023/04/01 11:00
「作新学院の怪物」江川卓からホームランを打った男――阿部功氏(当時・早稲田実)がインタビューに応じた
ワンボール・ワンストライクからの3球目。ベルト付近にきたストレートに思い切りバットを振る。会心の当たりは、折からの10メートルの強風にも押されてレフトの土手を遥かに越える大ホームランになった。
ホームランを打たれて「動揺していた」
これでスコアは2-2の同点。江川は5回を投げ終えたところで降板し、後続の投手が乱打されて、作新は2-13いう大敗を喫した。
「作新にはもうひとり大橋(康延/大洋)といういい投手がいましたが、大橋はダブルヘッダーの第2戦の先発なので使えない。作新としては江川をもっと投げさせたかったと思いますが、ホームランを打たれて動揺している。江川に悪いイメージをつけるのを避けたんじゃないですかね」
江川は自身の公式ユーチューブチャンネル「たかされ」の中で高校時代に打たれた本塁打について訊かれ、「ホームラン打たれて覚えてるのは、練習試合で早稲田実業に左中間に打たれて、あと宮崎での招待試合(3年時)でレフトに打たれたのは記憶している」と答えている。
阿部氏はその後、早大に進み、1年遅れて法政に入学した江川と同じリーグに所属することになった。だが、八木茂(阪急-南海)、吉沢俊幸(阪急-南海)、松本匡史(巨人)、山倉和博(巨人)、佐藤清(日本生命)といった錚々たるメンバーが揃う早大で出場機会が限られ、江川と再戦はかなわなかった。
「大学時代の江川は、他にいい投手がたくさんいるのに、監督が江川、江川で。3連戦すべて江川が投げることもありましたからね。3日間で400球くらい投げていたんじゃないですか。あれでは疲弊するし、全力で投げられない。でも、八木や吉沢といった力のある打者には力を入れて投げてましたよ。打球が前に飛んだ記憶があまりありませんから(笑)。やはり凄い投手だったと思います」
バットと強風の「アシスト」
その天才投手から打った会心のホームランの感触、手ごたえは「今も鮮明に残っている」という。
「プロに行った先輩からもらったばかりの当時の最高級のバットだったんです。気に入って探しましたが、二度とあのようなバットには巡り合えなかったですね」
江川との対戦の直前にたまたま出合った生涯最高のバット。台風が去った直後の風速10メートルの強風のアシスト。そうした“偶然”が、江川を途中降板に追い込んだ。
思えば、江川に圧倒され続けた銚子商業は、徹底的に江川を研究して「悪天候の日に調子が落ちる」傾向を突き止め、雨の甲子園で怪物を倒した。
野球には、力と力、技と技の競い合いの中に、ふと不思議な縁のようなものが織り込まれることがあるのだ。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。