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井上尚弥vsフルトン急転直下の“最高級のカード”はなぜ実現した? 米識者たちが明かす舞台裏「フルトン本人が反対する陣営を説得した」
text by
杉浦大介Daisuke Sugiura
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/03/08 11:06
スーパーバンタム級としての初戦が決定した井上尚弥。相手は王者スティーブン・フルトンだ
昨秋以降、フルトンはプレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)の主導で2021年11月の対戦で苦戦したフィゲロアとの再戦に向かおうとしていたことは事実だった。その流れは、一体どこで変わったのか。
アメリカではフルトン対井上戦を最も間近でレポートしてきたBoxingScene.comのシニアライターであり、全米ボクシング記者協会(BWAA)の副会長も務めるジェイク・ドノバン記者はこう述べる。
「昨年12月13日、ポール・バトラー(イギリス)に勝ってバンタム級4団体統一を成し遂げた後、井上がスーパーバンタム級への転向を表明した瞬間にすべてが変わりました。フルトンはここで焦らずとも、フェザー級でフィゲロアとリマッチを行うチャンスは常に存在します。それよりも井上戦を実現させる好機と見てとったのでしょう」
「成立は難しい」とされていた理由とは?
日本時間3月6日に行われたフルトン対井上戦の発表会見の際、本田会長は実際に井上対バトラー戦の翌日にフルトンとの交渉を開始したと述べたという。強敵との対戦だけを追い求める井上の意欲と自信、世界的なリスペクトを集める本田会長の交渉力があればこその強行路線。それでもフルトン対井上戦の成立は難しいというのが業界の共通認識だった。
その最大の理由は、フルトンを傘下に持つPBCのアル・ヘイモンが自前の選手の貸し出しを好まないこと。ヘイモンは傘下選手に高給、好待遇を弾む代わりに、絶対的な忠誠心を望む。PBCと関係が深いフルトン、フィゲロアの再戦をShowtime興行で行うことに固執し、フルトンを外に出すことはあり得ないと思われていたのだった。
ただ……そこから意外なほどのスピードで話は動き、前述通り、軽量級史に残る一戦に向けた歯車は回転を続ける。そんな急展開を可能にしたのは、選手自身の意思。ここでの井上戦を誰よりも熱望したフルトンが、反対する陣営を説得し、窓口の1人であるルイス・デキューバス・ジュニアを通じてヘイモンに掛け合ったのだという。前出のドノバン記者はこう説明する。
「今回の件でフルトンはファン、関係者から絶賛されて然るべきだと思います。PBC傘下の選手たちと対戦し続けることもできたのに、あえて井上戦を実現させるために全力を尽くしました。PBCからオファーされた試合に甘んじず、最大の一戦を追い求め、要求したフルトンの意思があってこその交渉成立だったのでしょう」