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「いっそ辞めたほうが」10年前、福永祐一は本気で引退を考えていた…エピファネイアを操った“会心の手綱”の真相〈JRAラスト騎乗〉
posted2023/02/19 06:00
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph by
JIJI PRESS
2023年2月19日、東京競馬場でJRAラスト騎乗を迎える福永祐一騎手(46歳)。名手の苦悩と成長に迫ったNumber987号(2019年10月3日発売)の記事『怪物を操った会心の手綱』を特別に無料公開します。※年齢、肩書などはすべて当時
ベストオブ秋競馬は? という質問に福永祐一が即答したのは、エピファネイア(牡、'10年生まれ、父シンボリクリスエス、母シーザリオ、栗東・角居勝彦厩舎、現種牡馬)を優勝に導いた'13年の菊花賞だった。
ダービーではキズナの大外強襲を浴びて寸前で栄光をつかみ損ねた愛馬に最後の一冠をプレゼントできた喜びを、「春にはできなかった騎乗があの大一番でできた充実感は一生忘れられない」と、万感を込めて振り返る福永なのだ。
「ダービーの2着は間違いなく自分のせい」
エピファネイアは、「怪物のような凄まじい馬力の持ち主だった」と、福永は少し懐かしそうな目になって振り返った。「こんな凄い馬を頼まれるようになった」という喜びと、それを思ったように操れない自分の技術の未熟さ。「ダービーの2着は間違いなく自分のせい」と思い悩み、「これほどの馬を用意してもらって、うまく乗れない騎手のせいで馬の戦績を汚してしまうのなら、いっそ辞めたほうがいい」とまで思い詰めていたという。
だからこそ、不良馬場の3000m戦で人馬が完璧に折り合い、後続に5馬身という圧倒的な差をつけた完勝劇は、まさに最高の成果だった。力走してくれた愛馬をねぎらうように、派手なガッツポーズを作ることもせず、ウイニングランもやけに控えめだったが、福永は馬場からレース後の検量のために枠場へ引き上げる出口の手前で、殊勲のエピファネイアを一瞬だけスタンドに向けて静止させてみせた。
そのときを待っていた大観衆が、祝福を込めたありったけの声援を贈り、それが大きな渦となってヒーローに届く。福永は、最初からそうしようと決めていたかのように、馬上でヘルメットを片手に取って胸に抱え、そのまま深々とお辞儀をした。そのポーズがバッチリ決まって、再びスタンドから降り注ぐ大拍手の嵐だ。すべてが福永のシナリオ通りに運んだ菊花賞だったのだと、見ていてそう確信したことを覚えている。