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<ドイツのトルコ人社会を訪ねて> メスト・エジル 「現代的トップ下を作った創造性と規律」 

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木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

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photograph byTsutomu Takasu

posted2011/02/05 08:01

<ドイツのトルコ人社会を訪ねて> メスト・エジル 「現代的トップ下を作った創造性と規律」<Number Web> photograph by Tsutomu Takasu

「サッカー選手になるか、失業者になるしかない」

 また、このコートは柵に囲まれていてボールが外に出ないため、プレーが連続して止まらない。そういう環境が、足に吸いつくようなボールタッチを身につけさせたのだろう。

 ビスマルク通りから一本入った裏路地に、かつてエジル家が住んでいたアパートがまだ残っている。ペンキが塗り替えられたため、それほどみすぼらしく見えないが、左右にある同タイプのアパートは外壁が黒くくすみ、ところどころにヒビが入っている。

 地元のトルコ人社会には、自分たちの置かれた状況を揶揄して、こんな言葉がある。

「ゲルゼンキルヘンに生まれたら、サッカー選手になるか、失業者になるしかない」

 エジルの父親も、おそらくこの言葉が頭にあったのだろう。息子たちをサッカー選手にするために、クラブへの送り迎えを厭わない“教育パパ”になった。

 エジルは7歳のとき、父親に連れられて、兄がプレーしていた地元のベストファリア・ゲルゼンキルヘンに入団した。ただ、まだこのときエジルは幼く、あくまで遊びの延長線上だった。

名門、シャルケのスタジアムのすぐ横にある学校に入学。

 本格的に競技としてサッカーを始めたのは、ドイツの中学校・高校に相当する総合学校(ゲザムトシューレ)、ベルガーフェルト校に入学した12歳のときだ。

昨年の南アW杯アルゼンチン戦、ポーランド移民であるルーカス・ポドルスキとガッツポーズを決めるエジル

 ベルガーフェルト校は普通の公立学校だが、立地条件に特色がある。ドイツの名門、シャルケのスタジアムのすぐ横にあるのだ。その距離、およそ100m。6万人収容のスタジアムのすぐ横にある学校は、世界でここだけではないだろうか。

 この立地を、生かさない手はない。

 '00年、ドイツサッカー協会は育成改革を実施し、ドイツ中のクラブに近隣の学校と協力して、育成に取り組むように訴えた。これを受け、シャルケはベルガーフェルト校に提携を持ちかけた。

 サッカー選手を目指す子供たちは、週に3回、午前中の授業が2コマ免除され、その時間にサッカーの練習をする。教えるのはシャルケの下部組織の監督やコーチたち。他にも授業で、体幹トレーニングの基礎知識や、スポーツ生理学が教えられる。

【次ページ】 公立学校でシャルケの英才教育を無償で受ける。

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