「襷をもらった時は正直、ちょっと焦っていたんですよね」

　レースを放送するNHKの取材には「1分差までなら追いつける」と答えていた。その言葉に嘘はなかったものの、現実的に襷を受けた際の“先頭まで51秒差の9位”という順位は、決して簡単なものではなかったからだ。

「その焦りだけでツッコんでしまって。でも、中間点が11分15秒くらいだったのかな。それで『あれ、新記録出るかも』と。実際はもうそこからヘロヘロだったんですけど」

　襷を受けた直後にもかかわらず、上半身は左右に揺れ、表情は険しかった。お世辞にも昨今流行りの美しいフォームと言えるような走りではない。ただ、その鬼気迫る走りは、多くのファンの心に強い印象を残した。

　ひとり、またひとりと、一瞥もくれることなく先を行くランナーたちをかわしていく。襷を渡すころには7人を抜き、先頭まで11秒差の2位までその順位を上げていた。

　そんな高井の走りを、アンカーの田上は驚きとともに見ていたという。

「ちょうどアップしていたら、付き添いの子が『高井さんがすごいんです！』って伝えてくれて。『●位まで上がりました、あ、また●位になりましたよ！』というのを聞きながら『お前、マジかよ』と（笑）。『来い、来い、来い！』と思いながら見ていました」

「1位とはわずか9秒差だった」

　戦友の激走で興奮する一方で、同時に勝負の綾についても思考を巡らせていたという。

「できれば先頭まで行っちゃって欲しかったですね。次の5区が1年生で、力が落ちるのは分かっていたので」

　田上の不安の通り、5区では引き離されたものの、続く6区で2年生の山口浩一が再び差を詰める。田上のもとへ襷が運ばれてきたときには、先頭とは15秒の差だった。

「10秒以内なら追いつける自信はあったんですけど、15秒という差で。自分なりにはツッコんで詰めていったんですけど、下りきってからの残り1kmで全然追いつかなくなってきて」

　田上は区間賞を獲得する力走で、一時、差は6秒まで詰まっていた。だが、西脇工業の背中は、最後の1kmでまた少しずつ遠くに離れていった。

【次ページ】　「1位とはわずか9秒差だった」