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弥益ドミネーター聡志「もういいじゃないですか、試合前の話は」RIZINで平本蓮に敗れた“サラリーマン格闘家”は、なぜ感動を呼んだのか?
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2022/11/12 11:00
平本蓮に判定負けとなった弥益ドミネーター聡志(左)
「まあ、ああなるだろうなというか。ダウンするし組みも何回か切られるし、関節技も逃げられるような試合になるなと。そこで心が折れないように頑張ったつもりなんですけど、頑張りきれなかったのが情けない」
それが弥益の自己評価だった。しかし観客はそうは思わなかったのではないか。平本は強かった。けれど弥益だって頑張りきった。試合の中で常に先に動いたのは弥益だ。
弥益が試合を作り、動かした。最初からそうだったのかもしれない。このカードが発表されたのは9月25日、さいたまスーパーアリーナ大会のリング上だ。平本は「格上を当ててほしいとお願いしたのに、これ(弥益戦)では勝って当たり前」といつものビッグマウス。客観的に見れば4戦目の平本よりタイトル歴のある弥益のほうが格上なのだが。
これに対し、弥益はこう返した。
「格上と組まれてビビってると思うんですけど、今日も頑張って煽ってるじゃないですか。褒めてあげてください。平本選手の応援、よろしくお願いします」
いい意味で一般人。だから感情移入できる
才気走るヤンチャ坊主、24歳の平本に、32歳の弥益は大人として向き合った。そもそも格闘技に対する考え方が大人だ。会社勤めをしながらのファイター人生。だが“サラリーマン格闘家”であることを強調したくはないという。格闘技は好きでやっている「ただの趣味」なのだから、と。仕事との両立に関しては「一番に言わなくちゃいけないのは奥さんの忍耐、職場のみなさんの忍耐」。SNSではセコンドへの感謝をこんな言葉で表現していた。
「大の大人数名を俺個人の都合で数日間拘束するなんて、普通に考えたらとんでもないことです」
弥益はどこまでも大人なのだった。口汚い罵り合いや、時には記者会見での乱闘騒ぎさえある格闘技界。しかし弥益は平熱というのか自然体というのか「この人は我々と同じ常識の中で生きているんだろうな」と思わせる。いい意味で一般人。だから感情移入できるということもある。
そしてそういう男が、試合の時には日常という仮面を外す。一流のストライカーが懐を深くして待ち構えているところに接近するのは、ほとんど地雷原に飛び込むようなもの。弥益はそれを5分3ラウンドやり続けた。