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弥益ドミネーター聡志「もういいじゃないですか、試合前の話は」RIZINで平本蓮に敗れた“サラリーマン格闘家”は、なぜ感動を呼んだのか?
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2022/11/12 11:00
平本蓮に判定負けとなった弥益ドミネーター聡志(左)
貫いた、格闘家としてのスタンス
平本が“待ち”のスタイルなのだから、いっそのこと待たせておけばいいのではないか。そうも思った。弥益も“待ち”に徹して、相手が焦れて動いてきたところにタックルを狙ってもいいはずだと。展開の乏しい試合にはなるが、注目度が高いのは平本だ。“メインイベンターの責任”に駆られて先に動き、そこに隙が生まれたかもしれない。だが試合後のインタビュースペースで、弥益は言った。
「序盤に自分が(パンチを)効かされてたというのもありますし、試合中に立ち位置とか相手が注目されてると考えるほど器用でもないです。いきたい、前に出たいとは思ってました。前に出たいという気持ちと打撃が怖いという気持ちの狭間で、自分の弱いところも頑張るところも試合中に見せられて。そこはよかったのかなと」
自分はやるべきことをやった。その結果として勝てなかった。そう言いたいのだろう。“意訳”すると「意地や勇気を見せられなくては意味がない」となるのかもしれない。
「平本選手を褒めてほしい」と弥益は言った。「負けた人間はどん底に落ちるべき。“何やってんだ”と言われるべき」とも。それが彼の格闘技に対する、勝負に対するスタンスだった。試合後にコメントする彼は“常識ある大人”と“勝負の厳しさのみを生きる基準とする格闘家”の両面を持っていた。
よく頑張ったなどと褒めてほしくはない。強かったのは平本なのだ。そういう気持ちがあり、また応援されることへの感謝、プレッシャー、負けた申し訳なさもあった。取材陣の前であらゆる感情を語り、弥益は泣きもしたし笑いもした。
「今のテンションだと“引退匂わせおじさん”みたいになりそうで(笑)。しばらく格闘技の練習はできないと思います。何をしようかなって。仕事もありますし、父親として夫としての仕事もたくさんあるんですけど。でも“格闘技がなくなったら、その時間で何するんだっけ”ってなりました」
「もういいじゃないですか、試合前の話は」
平本戦が実現するまでに、大きなアクシデントもあった。平本がケガをしたと公表し、そのことから規定体重が66kgから70kgに変わったのだ。弥益の体重調整、コンディション作りにも影響があった。試合を成立させるための苦肉の策、あるいは大きな団体のメインゆえの強引さ。そうしたものも、弥益は受け入れた。どちらが不利かは一概には言えないと。試合を終えた後には、そこに言及するつもりもなかった。
「もういいじゃないですか、試合前の話は。ケージの中がすべてであって、ケージに入ったら、それ以前の話はどうでもいい。勝ったヤツが偉いし頑張った。負けたヤツは情けないし努力が足りなかった。それだけです」