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「オリンピックは異常なんだ。勝つには、自分が異常になるしかない」大野将平が語っていた柔道と金メダルへの“覚悟”《2連覇達成》
posted2021/07/27 11:07
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
Takashi Shimizu
「大舞台を楽しみたい」
オリンピックに臨む選手たちが、いつからか口にするようになった。
そこには楽しむことによってプレッシャーから解き放たれ、いいパフォーマンスができるという考えがある。
リオ・オリンピック柔道男子73kg級の金メダリスト、大野将平の頭に楽しむという言葉はない。
「この競技を始めたころは楽しさもありましたが、勝たなきゃいけない立場になって“楽しい柔道”とは決別しました。そもそも柔道はきつくて、しんどい。稽古では投げ飛ばされ、首を絞められ、関節を極きめられるわけですから」
だが一度、公式戦を楽しもうとしたことがある。2018年4月、福岡での全日本選抜体重別選手権のことだ。
「このときはケガで稽古不足、加えて講道学舎時代からの先輩、海老沼匡先輩と初めて実戦で戦えるということで、楽しもうという気持ちが勝りました」
「殺し合いをするくらいの気持ちで戦わなきゃ勝てません」
あこがれの先輩との対戦は準決勝で実現し、大野は合わせ技一本で敗れる。無差別級の大会や棄権を除けば、実に3年ぶりの敗戦。このとき大野は痛感する。
「やっぱり、楽しんでいる場合ではない。畳に立ったときにそんなことを考えるのは、無駄でしかないんだ、と」
そしてこう続ける。
「ぼくはメンタルについて考えるとき、覚悟という言葉をよく使います。それは攻撃的に、強気に戦いたいと思うから。柔道は格闘技、殺し合いをするくらいの気持ちで戦わなきゃ勝てません。そうした覚悟が、試合が近づくにつれて自然と固まっていくわけです」
自身初のオリンピックとなる2016年のリオで、5試合中4試合で一本勝ち。それは“大本命の順当勝ち”という文脈で報じられたが、大野にとっては違う。死に物狂いでつかみとった勝利だった。