すでに妻と娘がいた。社会人野球なら引退後も社員として安定した生活を送ることができるが、プロは明日をも知れぬ世界。心配する声も耳に入った。阿部自身にも迷いはあったが、「挑戦してみたい」という思いが上回った。

　父の千秋さんは、「小さい頃からの夢やったし、なんとかなるやろ」と力強くお尻を叩いてくれた。妻も「好きにしていいよ」と背中を押した。

　山下舜平大ら同期入団の高卒選手とは10歳離れていたが、オールドルーキーはまったく浮いていなかった。天性の親しみやすさのおかげだ。

「話しかけやすい空気は意識していましたが、でももともと人見知りはしないし、どっちかというとすぐに仲良くなれるタイプ。それに平野さんや比嘉（幹貴）さんたちがうまくいじってくれたので、いつの間にか年下にもいじられるキャラになっていました（笑）」

2020年ドラフトでオリックスに6位指名を受けた阿部翔太（前列左）。高卒選手とは10歳も離れていたが、すぐにチームに馴染んだ　©JIJI PRESS

　だがプロ1年目は肩の怪我で4試合の登板に終わった。チームの優勝やCS、日本シリーズはテレビで見ていることしかできなかった。

「来年ダメだったらクビもある、と思っていたので、もう腹をくくってやるしかないなと思いました」

「1人目からマックスで行ってくれ」

　覚悟の2年目、オープン戦では手応えを得ていたが、開幕一軍からは外れた。その時、首脳陣から言われたのは、「1人目のバッターからマックスで行ってくれ」ということだった。

　阿部はピンチの場面で真価を発揮する。どんな場面でもひるまず勝負し、見事に火を消す。一方で、ピンチになるまでスイッチが入りにくいという一面もあった。

「性格的に、ピンチはあまり嫌じゃないんです。1人1人、目の前のバッターを抑えるしかないという気持ちで、余計なことを考えずに投げられる。社会人野球はトーナメントで、1日1日、1人1人の積み重ねなので。だから、自分は追い込まれてガッと気合が入ったほうがよくて、逆に余裕を持っている時のほうがあかんタイプ。オープン戦の時は、あまり点数を取られていなかったけど、先頭を出したり、ピンチを作ってから抑える、というのが多かった。『中継ぎはそれでは遅い。1人目から行ってくれ』と言われました。1球目をやられることが多かったですし、その通りだなと思いました」

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