猛牛のささやきBACK NUMBER
妻子いる28歳が念願のドラフト指名→30歳の新人王候補…オリックス阿部翔太「新人王はいいんです。日本一になれたらそれでいい」
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byJIJI PRESS
posted2022/10/20 11:09
リーグ優勝に貢献したオリックス阿部翔太投手(29歳)。“渾身のガッツポーズ”は日本シリーズでも見られるか
「昨年は全然(一軍で)できていなくて、テレビで見ていた光景だったので。自分がまさか最後のマウンドに立っているなんて、思ってもいなかったし、自分がここまで投げられるというシーズンも想像していなかった。それにこういう劇的な逆転の展開で、監督も泣いていたし、結構みんな泣いていて、僕も自然に涙が出てきました。久しぶりに泣きましたよ」
いつ以来の涙かと聞くと――。
「ドラフトで指名された時に泣いたんですよ。それ以来ですね」
2年前のドラフト会議。社会人・日本生命のクラブハウスで中継を見ていた阿部は、オリックスに6位で指名され、泣いた。
「社会人を長くやっていて、もうほぼないって思っていたので。しかも6位で、最後のほうだったんで……嬉しかったですね」
社会人6年目で指名、28歳で入団は球団最年長
当時、社会人6年目の27歳。ドラフトの8日後に28歳になった。オリックスの新入団選手としては史上最年長だった。
父・千秋さんが野球好きだった影響で、小学1年で野球を始めた頃からプロ野球選手は憧れだった。実家は京セラドームに近い大阪市大正区。子供の頃は近鉄バファローズのファンクラブに入り、歩いて球場に通っていた。
中学の先輩がコーチをしていた縁で、高校は山形県の酒田南高に進学し、その後は成美大、日本生命に進んだ。日本生命では2年目まで怪我に苦しんだが、3年目に開花し、プロ入りが現実的に見えてきた。NPB球団からの調査書も届き、いよいよかと期待を膨らませたがその年、指名はなかった。
4、5年目は調査書も届かなくなっていた。
「大卒は2、3年目まで。それ以降は厳しくなるんで、正直なところ、プロはもうほぼ諦めていました」
だが6年目、3年ぶりに調査書が届いた。
「びっくりしました。そんなことあるんだって」
まさにラストチャンス。6位で指名された。