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「正直、勝たなくていいと思ってました」PL学園のKKに憧れたライバル投手が明かす33年越しの本音「こいつからは逃げたくないって…」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byMasanori Tagami
posted2022/08/21 17:25
1985年春の選抜で対戦し握手する宇部商・田上昌徳(左)とPL学園・清原和博
中学になると、PL教団に入った。教団関係者にスカウトされなければ、PL学園の野球部には入れないと聞いたからだ。だが、声はかからなかった。地元の宇部商に進んだ田上にとって、名門で1年生から活躍する桑田と清原は同世代のライバルであると同時に、憧れにも似た存在だった。
「あの、サインもらいたいんやけど?」
交流の時間になると、田上は真っ先にKKを探した。ちょうど部室から桑田が出てきた。
「あの、サインもらいたいんやけど?」
田上がクラスメートに頼まれていた色紙を手に声をかけると、桑田は怪訝そうな表情になった。
「え? サイン? なんで?」
そこへ、清原がやってきた。
「おい、桑田、そんなこと言うなや。わざわざ、山口から来てくれたんやで」
そう言うと、清原は桑田も含めてレギュラーメンバー全員のサインをもらい、最後に自分のものを添えて、手渡してくれた。
その後、桑田は雨の中を1人、ランニングに出て行ってしまった。清原はそれを見届けると、田上に言った。
「どうする? 俺の部屋に行こうか?」
全寮制の野球部が寝食をともにする「研志寮」は、グラウンドから見るとセンター後方にある。よく掃除の行き届いた玄関を入り、部屋のドアを開けると、両側に2段ベッドがあった。壁も、ベッドのパイプも、全体がグレーの色調に統一された10畳ほどの空間は、初めて訪れた者を威圧した。
「ちょっと雰囲気が刑務所みたいだったんです。こういうところでずっと生活しているのかって……。驚きましたね」
「こいつからは逃げたくない」って思ったんです
そんな中で、清原は底抜けの太陽だった。上下関係の厳しさや、寮生活の過酷さを説明してくれたのだが、清原が話すと不思議と笑えた。中森明菜のファンであることや、好きな女の子のことを楽しそうに話した。そして、最後に言った。
選抜での試合、田上が内角ストレートをどんどん投げ込んできたことが、うれしかった、と。
「僕も選抜で清原と対戦した時に『こいつからは逃げたくない』って思ったんです。それに、よく知らない他校の選手に男としての対応をしてくれた。感動しましたね」