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《怪物・清原に打たれた男たち》PL学園に挑んだ山口・宇部商、2人の同級生投手の明暗「投げられないなら、出ません」「決勝で先発するなんて全く…」
posted2022/08/21 17:26
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Masanori Tagami/Tomohiro Furutani
『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』(鈴木忠平著・文春文庫)より一部抜粋してお届けします。(全3回の2回目/#1、#3を読む)
桂伸司は、ベンチで肩を震わせるエースを見て、やりきれない気持ちになった。主将であり、遊撃手として守備の要を担う男は、この日、序盤で2つのエラーを犯して、足を引っ張ってしまった。田上のPL戦にかける気持ちは知っていた。そして、何より、このチームの「原点」が、田上の涙だったということを思い出した。
「あの年の宇部商は田上のチームでした。僕たちは最後の夏に甲子園で勝ち進むことができましたが、それも、もともとは、あいつの涙から始まったんです」
「あと一球」からの逆転サヨナラ負け
遡ること1年、1984年夏の山口大会決勝、宇部商は甲子園まであと1アウトと迫っていた。2点リードで迎えた9回裏、2年生エースの田上は、簡単に2アウトを取ると、最後の打者もサードへのゴロに打ち取った……、はずだった。だが、打球は三塁手の手前でイレギュラーバウンドすると、そのグラブを弾いた。ランナー一塁。少しだけ嫌な予感がした。それでも、気を取り直した田上は次の打者もあっという間に追い込んだ。
「あっさり2ストライクを取った後、キャッチャーが外の球を要求したんです。でも、僕は内角に投げたかった。2回、首を振ったんですが、サインが変わらない。ベンチからの指示なのか……。まあ、1球くらいいいか、そんな気持ちで投げてしまったんです」
どこかに心の隙があったのかもしれない。気持ちを込められなかった外角への1球は右翼へと上がった。偶然にも、この時、本塁からライトへと強風が吹いていた。あまり勢いがなかったはずの打球はフェンスを越えて、外野芝生席に跳ねた。同点ホームラン。田上はその場にへたり込んだ。
その後は、意識が朦朧としていた。さらに走者を1人出すと、最後はライト前への打球が、またもイレギュラーで大きく弾み、右翼手の頭を越えていった。甲子園まで「あと一球」のところからの逆転サヨナラ負け。2年生エースは、そのままマウンドに崩れ落ち、頭を抱えたまま動けなかった。