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《追悼》タイキシャトルは日本競馬史上もっとも偉大なマイラーだった…クールな岡部幸雄が涙ながらに語った「ジャックルマロワ賞に勝てて、ほんとうに…」 

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江面弘也

江面弘也Koya Ezura

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2022/08/20 06:01

《追悼》タイキシャトルは日本競馬史上もっとも偉大なマイラーだった…クールな岡部幸雄が涙ながらに語った「ジャックルマロワ賞に勝てて、ほんとうに…」<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

24年前の1998年8月16日、ジャックルマロワ賞を制したタイキシャトル。その競走馬としての歩みを振り返ると…

クールな岡部が珍しく涙を拭う

 1998年8月16日、ドーヴィル競馬場。ジャックルマロワ賞は8頭立てだった。タイキシャトルは場内オッズで単勝1・3倍の1番人気に推されていた。

 1週前におなじドーヴィル競馬場のモーリスドゲスト賞(GⅠ、直線1300m。当時はモーリスドギース賞と表記されていた)を日本の4歳牝馬シーキングザパールがレコードタイムで勝っていた。

 それも人気を押しあげる要因になっていたが、その評価に見合う走りをタイキシャトルは見せてくれた。デビュー前からアメリカ、アイルランド、日本と移動しながら育ってきた馬は環境が変わっても戸惑うこともなく、はじめて経験する直線1600mでも日本のレースとおなじようにスムーズに先行して、イギリスのアマングメンを半馬身抑えてゴールする。「日本初の海外GⅠ優勝馬」という“称号”はシーキングザパールに譲ったが、日本最強マイラーの強さはじゅうぶんに示した。

「ぼくの長年の夢の集大成ともいえるジャックルマロワ賞に勝てて……、ほんとうに……、ほんとうにありがとう」

 その日の夜、関係者が集まった席であいさつした岡部さんのことばは途切れ途切れだったという。いつもクールな騎手にはめずらしく、涙を拭うシーンもテレビに映しだされていた。

Japan 2、Europe 0

 翌日、イギリスの『レーシングポスト』紙は一面で日本の勝利を伝えた。

【次ページ】 「有馬記念に出てほしい」という声も

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