Number ExBACK NUMBER
清原和博「甲子園に一緒に行ってもらえませんか?」100回大会への切実な願い。高級車での送迎を断り…「ぼく、高校生のときより緊張してるんちゃうかな」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2022/08/20 17:05
甲子園歴代最多の通算13本塁打を放った金属バット(現物)を握る清原和博(2018年撮影)
ベントレーでの送迎に対しては清原の反応は…
宮地はそれを聞いて、素直にそうするべきだと思った。清原は昔からステータスを好んだ。高価な服を着ること、銀座で美しい女と稀少な酒を飲むこと、誰も見たことのないような車に乗ること。かつて野球界のスターとしての清原を形成していた一面だ。久しく巨大な自己顕示欲に身を浸していなかった清原が高級車に乗るのは、かつての自分を取り戻すための一歩になるような気がした。
「ね、キヨさん、ベントレーで送ってもらいましょう」
宮地は勧めた。だが、どういうわけか清原は首を横に振った。
「いや、あのお......」
清原は照れたように坊主頭を搔くと、宮地を見た。
「ここまでずっと宮地さんと一緒にやってきたんで。明日は宮地さんのプリウスで行きたいんですけど......」
思いがけない言葉だった。宮地は熱いものが全身を駆けめぐるのを感じた。押しつぶされそうな沈黙の車内も、永遠に続くような100メーター道路の信号待ちも、すべてを忘れさせてくれるような瞬間だった。
「ぼく、高校のときより緊張しているんちゃうかな」
朝になってもまだその火照りが残っていた。宮地の車は名古屋の中心街に入ると、セントラルパーク沿いを北へ向かった。やがて夏空をバックにテレビ塔がいつもより鮮やかに見えてきた。それを横目にコンビニエンスストアの筋を入ると、見慣れた細長いマンションが陽射しを浴びていた。予定の時刻よりも早く着いたというのに、清原はもうエントランスを出て路地に立っていた。
「昨日なかなか眠れなかったんです。なんかそわそわして......。ぼく、高校のときより緊張してるんちゃうかな」
清原はそう言うと、巨体を助手席に押し込んだ。
「寝たんは遅かったんですけど、5時くらいには目が覚めてしまって......なんか子供みたいですよね」
いつになく声が弾んでいた。
2人を乗せた車は名古屋駅へ行く前にサカイの店に向かった。
「明日、甲子園へ出発する前に店に寄っていってよ。いつもと違う肉を用意しておくからさ。なんたって出陣式なんだからーー」
前夜、サカイはそう言ってくれた。昔かたぎで頑固なところのあるステーキハウスのマスターもまた、ここまでの日々を嚙み締めているようだった。
テレビ塔から大須商店街へと向かう道にはところどころ車列ができていた。信号で止まったり、アスファルトの凹凸を踏むたびに車体が上下し、清原の坊主頭が助手席の天井に擦れた。宮地は内心で込み上げてくる笑いを堪えていたが、本人は気にも留めない様子で話し続けていた。