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藤本隆宏52歳が振り返る”日本記録の過去”を消し去ろうとした俳優生活「水泳を避けるように生きていた」「記録が破られて未練が吹っ切れた」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTakuya Sugiyama
posted2022/07/26 17:02
NHKドラマ『坂の上の雲』広瀬武夫役などで知られる俳優の藤本隆宏。俳優となる前は水泳のオリンピアンでもあった藤本に話を聞くと…
1つは1964年東京五輪に出場し、その後は芸能界でも活躍していた木原光知子との出会いだった。
「水泳があるからあなたがあるんだ」
木原にそう言葉をかけられたという。そして木原の運営する「ミミスイミングクラブ」で指導にあたるアルバイトを始めた。
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「自分は嫌だったんですね。金メダルを獲っていない自分には水泳の世界に居場所はないと思っていたのに、水の仕事に携わるのは敗北者というか」
望んではいなかった職務ではあったが、時を経て心持ちに少しずつ変化が訪れた。
「教えているとお子さんをはじめ喜んでくれる方がたくさんいました。出会いは生きがいというか、それがあって続けていけました。プールは仕事で入るだけでしたが、水に入るとほっとするのにも気づきました。ああ、水は好きなんだなと思いました」
10年ぶりの日本記録更新
スイミングクラブで働き始めるのと時を同じくして、もう1つの出来事があった。1990年に樹立し、その後も藤本が保持していた400m個人メドレーの日本記録が10年ぶりに破られたのである。
「破られたときのことは覚えています。うれしさ半分、悲しさ半分でした」
同時にこみ上げた思いがあった。
「やっと解放してもらえる、と。演劇の世界にいても、『またできるんじゃないか』と水泳の世界に戻りたい気持ちがどこかにあったのですね。記録を破られることで吹っ切れた」
それらを足掛かりに、藤本は競泳の選手であった過去を受け止めるようになっていった。