プロ野球亭日乗BACK NUMBER
「やる気ないです。アウトです」巨人・坂本勇人と増田陸22歳の“師弟関係”に思い出す、落合博満から“大遅刻”した松井秀喜19歳への忠告「どれだけ遊んでもいいけど…」
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph bySankei Shimbun
posted2022/06/24 11:06
増田陸(右)は坂本勇人に教えを請いながら成長中
「(本来は右利きなのに)作られた左バッターだってことだ。だから右肘のたたみがうまくできずに肘が逃げる。あれじゃあ逆方向に大きいのは打てない。だから俺はいつもあいつに『ゴルフの練習をしろ!』って言ってんだ」
落合さんが松井さんにそういう話をするのは、決まって試合後の球場の風呂場だった。
「言われた、言われた!」
ゴルフの話を松井さんに聞くとすぐにこんな答えが返ってきた。
「風呂場でしょっちゅう言われたよ。でも落合さんは『アイアンショットの練習をしろ!』ってそれだけ。何のためにやるのかとか、そういうことは一切、言わない。あとは自分で考えろってことなんだよね。いつもそうだった」
松井が落合との対談企画に“大遅刻”した
そんな関係の中で松井さんが最も印象に残る言葉を聞いたのは、落合さんが中日から巨人にFA移籍を決めた1993年のオフのことだった。スポーツ報知紙上での松井さんと落合さんの対談企画。ところが当日の約束の時間になっても、松井さんが対談会場のレストランに来なかった。
「すみません……道が混んじゃって」
ようやく姿を現したのは、開始予定の時間から約30分が経過した頃だった。松井さんはプロ2年目、落合さんはプロ16年目になる直前のことである。
「焦りに焦って頭を下げたら、落合さんはずっと競馬新聞に目を落としたままだった。それでいきなり“じゃあ始めよか”と言ったのを覚えています」
そして中日というライバルチームで見てきた松井さんの印象やバッティングの話をして対談は無事に終了。最後に何か松井さんにアドバイスを、と頼むと落合さんがこう語り出したのだ。
落合「どれだけ遊んでもいい。何をしてもいいけど……」
「遊びたい盛りだし、これからどれだけ遊んでもいい。何をしてもいいけど、俺たちの仕事は野球だということを忘れないことだな。だから何をさしおいても野球のことを一番に考えろ。俺たちはそれでメシを食っているんだから」
そう言い残すと落合さんは丸めた競馬新聞を片手に部屋を出ていった。
その言葉がどう松井さんに響いたかは聞いたことはない。ただ、その後の野球への取り組み方や向き合い方を見ると、長嶋終身名誉監督だけではなく、このときの落合さんの言葉もまた、その後の成長の道標となったことは想像できる。
落合さんは松井さんにとってのベンチの先生となり、試合が終わった後の風呂場での講義は、落合さんが巨人を去るまで続いた。
そしてもう1組の先生と生徒の話だ。