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古賀紗理那はなぜ「絶対ありえない」と語っていた“キャプテン”を引き受けたのか? バレー女子代表の新リーダーが明かす“葛藤の1カ月”
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byKiichi Matsumoto
posted2022/05/05 11:04
もうすぐ26歳となる古賀紗理那。眞鍋新監督が率いる代表チームでキャプテンを務めることになった
代表へ行くか、やめるか。相談したのは古賀が信頼を寄せるチームメイトの山内美咲と上野香織の2人。答えは両極だった。
古賀の性格を熟知しているからこそ、上野はあえてクールに言った。
「紗理那頑張ったよ。もう(代表には)行かなくていいから、私と一緒にNECで頑張ろうよ」
ただし、こうも加えた。
「でも、後悔するなら行ったほうがいい。行かなくて本当に、絶対後悔しない?」
後悔しない。私は頑張った。古賀は自分そう言い聞かせながら、主将の山内にも同じことを問うと、即答された。
「私は紗理那が代表でキャプテンをやっていることしか想像できないよ。紗理那が引っ張って、スパイクを決めた後に叫んだり、吼えている紗理那しか想像できない」
自分で持ちかけながら「その話、マジやめて。嫌」と遮ったこともあった。だが、それでも穏やかな表情のまま、山内は繰り返す。
「決めるのは紗理那だけど、たぶん、私はもう、紗理那の中で答えが決まっていると思うよ」
「決めたらスッキリした」
代表入りの話を聞き、月末に眞鍋監督から正式に「キャプテンをやってほしい」と依頼されるまでの間も、葛藤は深まるばかり。
どうしよう。とりあえずキャプテンは保留して、代表だけは行くことにしようか。いや、“とりあえず”って何なんだ。
自問自答を繰り返した古賀の中で答えが出たのは、眞鍋監督と話し、眠れぬまま迎えた翌朝だった。
「『(代表へ)行きます。キャプテンもやります』と答えました。1カ月、ずっと考えて本当にきつかったですけど、やると決めたらスッキリした。今思えば、ホントに、自分の中では決まっていたんですよね」
日本代表に初選出された13年は、右も左もわからなかった高校生の頃。リオデジャネイロ五輪は、大会の価値や重さも知らないまま、直前でメンバーから落選した。そして初戦で右足首を捻挫し、プレーできる状況ではない中「何とかしたい」と戦うも、予選リーグ敗退に終わった東京五輪。立つことも叶わなかったリオを含めれば、2年後に開催されるパリ五輪は古賀にとって3度目の挑戦だ。
「出られなかったら絶対に後悔するし、絶対出なきゃいけない」と意気込む五輪への挑戦は決して簡単なものではないが、やるべきことは明確。そう古賀が断言できるのは、今につながる原点がある。紐解くと、それは最終メンバーから落選した16年よりも19年のワールドカップでの経験が大きい。