ハマ街ダイアリーBACK NUMBER
「僕しか見ていない光景です」DeNA楠本泰史が誰もいないハマスタで目撃した、鈴木尚典コーチの“本気のティーバッティング”
text by
石塚隆Takashi Ishizuka
photograph bySankei Shimbun
posted2022/04/11 11:01
ベイスターズの切り札、楠本泰史。「レギュラー取り」を誓った今シーズンは、開幕からスタメンに抜擢され主に2番を任されている
「尚典さんが、現役時代にやっていたティーバッティングを見せてくれたんです。誰もいないハマスタに僕と尚典さんとスタッフの3人だけ。15球ぐらいでしたかね。目の前で打っていただいて、初めて人のティーを見てすげえって鳥肌が立ちました。現役を離れられてずいぶん経つのに強いスイングで、全部芯で同じところに打ち返している。一球一球集中した本気のティー。これが甘いボールが来たら初球から仕留めに行く人の練習なんだなって思いましたね」
ハマスタに響き渡る、ティーの打撃音。楠本は時間を忘れ鈴木コーチの一挙手一投足に目をみはった。そして笑顔を見せちょっとだけ自慢げに言うのだ。
「僕しか見ていない光景なんですよ」
まるで宝物を手に入れたような時間だった。
勝負の年「この1年が野球人生で一番大事な1年になる」
さて楠本にとって勝負になるのはこれからだ。しかしこの話を訊いた直後、楠本は新型コロナの陽性反応が出てしまい、戦線離脱を余儀なくされている。とはいえ復帰後に再開される熾烈な外野手争い。あらためて楠本は結果を出し、スタメンを死守しなければいけない。
「そうですね。ソトやオースティンが怪我をしたことで巡ってきたチャンスだったかもしれませんが、尚典さんからは『今年1年を今後の野球人生を変える1年にしろ』と言われましたし、僕自身シーズンが始まる前から、この1年が野球人生で一番大事な1年になると考えていました。あらためて尚典さんから言葉をもらって想いはさらに強くなったし、競争に勝って試合に出場したい気持ちは変わりません。けどその先に、このチームで何としても優勝したいという目標があるので、毎日なにかひとつでもチームの勝ちに貢献できるプレーがしたいですね」
ほとばしるような熱い言葉。天才肌の楠本が鈴木コーチという良き理解者を得て、どこまで飛躍するのか復帰の日を楽しみにしたい。
楠本を支える“尚典さんの言葉”「実はヘルメットの裏側に…」
取材時間のリミットが迫りインタビューを終えようとすると、楠本がまだなにか話し足りなそうにしていたので、ちょっと間を置いてみた。すると目を輝かせて、おもむろにしゃべり出した。
「じつはヘルメットの裏側に、尚典さんに言葉を書いてほしいと頼んだんです」
そこには次のように書かれていた。
『本能で打つ』
「打席に入るたび、どれだけ迷っていても見返せるように。これだけやっていればいいんだって」
鈴木コーチとの固い絆。ロジックやデータも大事かもしれないが、最終的に体を動かすのに重要なのはプレイヤー自身の感性や感覚だ。ただただ自分の本能に正直に。己が信じる道を楠本は、何物にもとらわれることなく邁進する――。