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ジャックドールは「令和のサイレンススズカ」なのか? 徹底比較して見えてきた違いと“最大の共通点”「このラップで走れる馬は…」
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph byKeiji Ishikawa/Photostud
posted2022/04/02 06:00
金鯱賞をレコードタイムで逃げ切ったジャックドール(右)。その戦績や毛色、脚質から、同馬を「令和のサイレンススズカ」と見る向きもある
サイレンススズカは「キャンターからして次元が違う」
次に、デビューから3歳(旧4歳)の春までの競走成績について。
サイレンススズカは旧3歳だった1996年の秋、橋田厩舎に入厩した。デビューは、翌97年2月1日に京都芝1600mで行われた新馬戦。鞍上は、橋田調教師がしばしば起用していた上村洋行(現調教師)。長期海外遠征から帰国したばかりの上村のために、橋田調教師が温存しておいたという。
「初めて調教に乗ったとき、全身に電流が走りました。それまで乗った馬とはキャンターからして次元が違っていました」
そう話した上村を背に、サイレンススズカは7馬身差で新馬戦を逃げ切った。
同じレースで5着馬に乗っていた武豊は「体は小さいけど、すごくダイナミックな走り方をする。素晴らしいフォームだな」と感じたという。
2戦目に皐月賞トライアルの弥生賞を選んだことからも陣営の期待の大きさがうかがえる。が、大きく出遅れて8着。次走の500万下を逃げ切り、プリンシパルステークスでは2、3番手から抜け出して優勝。ダービーへと駒を進めたが、9着に敗れた。
一方のジャックドールは、藤岡調教師の判断で、デビューから一貫して芝2000mのレースだけを使われている。ここまで徹底して同じ距離ばかりに出る馬も珍しい。
初陣は2020年12月6日の2歳新馬戦。このレースも、つづく未勝利戦も、好位から直線でいったん先頭に立ちながら、ゴール前でかわされて2着に惜敗した。翌21年4月、約4カ月ぶりの実戦となった3歳未勝利戦では2番手から早めに抜け出し、2着を9馬身突き放して初勝利を挙げる。
そこから中1週でプリンシパルステークスに出走するも5着に敗れ、ダービーの出走権を獲ることはできなかった。
「2000mのスペシャリスト」を目指すジャックドール
サイレンススズカは当初からクラシックでの活躍が期待されていた。それに対してジャックドールは、プリンシパルステークスを勝っていればダービーに向かったのかもしれないが、クラシックを目指すより、2000mのスペシャリストに育て上げるための使われ方をしている。
サイレンススズカは、橋田調教師も上村も、好位で脚を溜める競馬をさせようとしていたのだが、少しずつ抑えが利かなくなっていった。ジャックドールの場合は、瞬発力のあるタイプではないので、好位から抜け出す競馬をすると、自分より切れる馬にかわされてしまうので、先手を取る競馬をするようになっていった。