直前の区間エントリーで寺田は、選手交代が可能な補欠に名前をつらねていたが、走ることはないと考えていた。前田監督から部屋に呼び出され、箱根を走ると告げられたのは本番が2日後に迫った大晦日の夕方だったという。

「やっぱり先を見据えて、1人でも1年生を出しておきたいと。ポイント練習は外したけど、予選会も練習ができていない中でそこそこ走れていたから心配するなとも言われました。それで10区を走ることになって、慌てて次の日にコースの試走に向かったんです」

　寺田は箱根駅伝のコースをほとんど知らなかった。もともと野球少年だったため、高校までは駅伝中継も真剣に見たことがなかったという。「じつはちゃんと箱根駅伝をテレビで見たのは、自分が走る前の日の往路が初めてでした」というから驚く。

笑顔で國學院大時代を振り返る寺田夏生　©Ichisei Hiramatsu

　さらに気がかりだったのは、本来10区を走る予定だった先輩のことだった。大事なポイント練習をすべて外した自分が出て、先輩は怒っているだろうなと内心ビクビクしていたのだ。

「でも、先輩が『頑張ってこい』と声をかけてくださって、そこでようやくやるしかないと腹をくくりました」

　元日の朝に10区のコースを10km走り、残り10km余りは車に乗ってコースを見た。だが、ここでほんの少しだけ気を抜いてしまう。

「朝早かったから、車の中で眠くて。最後はここを曲がってゴールだぞって言われた気はするんですけど、ちゃんとコースを見ていなかったんですよね……」

　それが後に、運命を変えるコース間違いにつながるとは、この時はまだ誰も気づいていなかった。＜後編へ続く＞