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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
青学大・原晋監督「じつは緊急事態だった」1区の交代…急遽起用に応えた“チーム11番手”実は「陰のMVP」だった“谷間の世代”ランナーが語った胸中
posted2026/01/07 17:00
4区で初の箱根路出走となった青学大3年の平松享祐。実は先輩ランナーのアクシデントによるスクランブル発進だった
text by

別府響Hibiki Beppu
photograph by
Yuki Suenaga
青山学院大学による史上初の「2度目の3連覇」で幕を閉じた102回目の箱根駅伝。圧勝劇に見えた絶対王者だが、実はアクシデントから往路で予定外の選手起用を余儀なくされていた。スクランブルでの箱根路初出走となった“チーム11番目”の選手が語った箱根駅伝狂騒曲の内幕とは?《NumberWebレポート全2回の1回目/つづきを読む》
当日交代を告げられ…眠れなかった「大会3日前」
昨年12月30日の夜――青学大3年の平松享祐は、布団にくるまっても明け方まで一睡もできなかった。
寝付けない理由は明らかだった。何度、噛み締めても消えない悔しさだ。
その日、平松は原晋監督からこんな言葉を受けていた。
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「平松は4区に登録されているけど、本番は小河原(陽琉、2年)を使うから」
その前日、12月29日に発表された箱根駅伝区間エントリーで平松は青学大の4区に登録されていた。
確かに自分でも出走できるかは半信半疑だった。11月下旬のMARCH対抗戦では最終組で19位と凡走。上位の10人を考えた時に、普通に考えればおそらく監督の構想からは外れただろう。
ただ、その後の千葉・富津市での直前合宿では、メニューのラストのフリーの走りでは先頭に躍り出ることもあり、最終刺激では学内1位を獲って好調アピールができてもいた。
そんな最後の激走がどこまで原監督に響いたのか。そこは平松の中でも確信が持てずにいた部分だった。

