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青学大・原晋監督の就任当初「部を辞めていく子もいた」妻で寮母の証言…箱根駅伝で“勝てなかった頃”の苦労「諦めた子との間に“深い溝”が…」
posted2026/01/03 06:00
青学大が箱根駅伝の常勝軍団になるまでには、知られざる苦労があった
text by

原美穂Miho Hara
photograph by
AFLO
今年も箱根駅伝が開幕した。昨年、大会新記録で連覇を果たした青山学院大は、どのような王者の走りを見せるだろうか。
原晋監督、そして学生たちを支えるのが、寮母を務める原美穂さんだ。寮母という立場から青学の強さの秘密を解き明かす、原美穂さん著『フツーの主婦が、弱かった青山学院大学陸上競技部の寮母になって箱根駅伝で常連校になるまでを支えた39の言葉』(アスコム刊)から、「就任当初の苦労」に関する章を抜粋して紹介します(全3回の1回目/第2回、第3回につづく)。
原晋監督、そして学生たちを支えるのが、寮母を務める原美穂さんだ。寮母という立場から青学の強さの秘密を解き明かす、原美穂さん著『フツーの主婦が、弱かった青山学院大学陸上競技部の寮母になって箱根駅伝で常連校になるまでを支えた39の言葉』(アスコム刊)から、「就任当初の苦労」に関する章を抜粋して紹介します(全3回の1回目/第2回、第3回につづく)。
「ネガティブな言葉」は、
「ポジティブな言葉」よりも早く伝染します。
◆◆◆
最初の年の予選会で16位に終わったことで、わたしもわたしなりに箱根駅伝出場という目標の途方もない大きさを思い知りました。あと2年でそれが達成できるだろうかと考えると、気が遠くなりました。
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でもそこには、出たい、という子たちがいました。4年生の引退を受けて、最上級生になった3年生を中心に、自分たちが変わらなくては箱根駅伝には出られない、変わればもしかすると出られるのではないか、と考えるようになった子がいたのです。
当初の苦労「戸惑って当然。部を辞めていく子もいました」
当時の3年生といえば、青山学院大学では監督やわたしよりも先輩です。彼らは、わたしたちが広島で暮らしていたときにはすでに青学生でした。そして学校の方針で、箱根駅伝を目指し陸上競技部が強化されることを知らず、高校生のときにやっていたので大学でも続けたい、長距離はわりと得意だったからという理由で陸上競技部に入っていた子たちです。入部の理由は、就職にプラスになりそう、体育会で大学生活を満喫したい、といったものだったかもしれません。
覚悟を固めるには時間が必要です。しかし彼らは、入部してしばらくしてから突然、大きすぎる目標を与えられていて、じっくり時間をかけて覚悟を決めることができませんでした。戸惑って当然です。その結果、入寮が義務づけられたことや、そこまで本気になれないといったことを理由に、陸上競技部を辞めていく子もいました。
