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原晋監督も「彼の走りでいけると確信」と大賛辞…青学大「都大路も箱根駅伝も未経験」だった無名ランナーの“緊急出走”ウラ話《別大マラソン挑戦も決定》
posted2026/01/14 06:00
青学大の4区を走った3年生の平松享祐。高校時代も含めここまで駅伝での実績は少なかったが、見事に大役を果たした
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
Yuki Suenaga
昨年12月30日の夜――青学大3年の平松享祐は、布団にくるまっても明け方まで一睡もできなかった。
その日、原晋監督から「平松は4区に登録されているけど、本番は小河原(陽琉、2年)を使うから」との言葉を受けていたのだ。
もともと自分でも出走できるかは半信半疑だった。11月下旬のMARCH対抗戦では最終組で19位と凡走。上位10人を考えれば、その時点で監督の構想からは外れていたはずだ。
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「もう本当に気持ちが切れてしまって。特に、これでまた3年生世代から誰も箱根を走れなくなってしまった。最上級生になる来年に向けて、どうやっていくかというところを改めて考えないといけない状況でした」
失意の平松に起きた「まさかの事態」
そんな失意の平松に翌日、青天の霹靂が起こる。
大晦日の昼過ぎ、原監督から「1区を走る予定だった荒巻(朋熙、4年)が体調不良で、小河原を1区に使う。4区は平松に任せる」と告げられたのだ。
「もちろん急に言われて不安や緊張もありました。でも、それより『昨日、全然寝てない!』というのが大きかったです(笑)」
こうして2日後、平松は自身初となる箱根駅伝へと挑むことになった。
長らく待ち望んだはずの初の箱根路は、簡単には終わらなかった。そこでは平松の予想を裏切る波乱の展開が待っていたのである。
なぜ平松は道中で、原監督の声掛けをあえて「無視した」のか。その走りが生んだ「結果以上の効果」とはいったい何だったのか――。その意外な真実は、記事本編で詳しく描かれている。
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
