スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
「最初のプレゼンで少しムッとされた」のに… 日本企業がバルサの聖地改築コンペに勝てた“いい意味での裏切り”とは
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byDaisuke Nakashima
posted2022/03/21 11:01
特別にカンプノウで撮影した日建設計のメンバー。左から風間宏樹さん、野村映之さん、伊庭野大輔さん
伊庭野「大きなコンコースを作って、そこでカフェとか、くつろげる場所を作りつつ、それが完全に雨ざらしじゃなくて、大きな庇があって雨はしのげる。しかもその場所にいる人たちの活動が外からも見ることができる。それらも含めて全部このスタジアムのデザインです、という提案をしたところ、すごく受けが良かった」
野村「全体的にデモクラティックに、みんなが同じスペースを共有できるというのが1つのコンセプトだけれども、どこから見てもユニーク、どこにいてもユニークさを求められる。そこで庇のデザインにはFCBのエンブレムの下部のカーブを使って、何パターンかで無限にできる違いを出そうと。この曲線を使って3パターン作って、少し大きめのもの、小さいもの、カーブも深いものと浅いものとかをランダムに組み合わせることによって、どこから見ても光の反射も違いますし、見た目も違う。フットボールなので色は11色使って、それを組み合わせることにして。3パターンの形と11色で、ほぼ無限大に違いができる」
伊庭野「元々スタジアムの上に人が座って、外からお尻が並んで見えたことでバルサファンは『クレ(カタルーニャ語で「お尻」の意味)』という愛称が付いたそうですが、この庇のカーブもそれに似ていますよね。庇は外観全体に使われるので、スタジアム全体がクレ、つまりバルサファンに囲まれることになる。そういう小ネタじゃないですけど、ストーリーを埋め込んだというか」
最終プレゼンはスタンディングオベーション
――バルセロナ市内のレストランで打ち上げ中にコンペ優勝が決まりました。決まった瞬間の心境は。
伊庭野「すごかったですよねえ」
風間「マジか、って(笑)」
――ある程度勝てる見込みはあったと思いますが、それでも驚きました?
風間「8チームから2回のプレゼンを経て最終選考に残ったので、可能性はあるかなとは思っていましたけど、最後のプレゼンの順番が急に変わったりして、もしかしたら最後に大逆転されたのかな、これは残念会かもしれないな、などと言って、みんなで飲んでいる時に急にコンペ勝利の報告の電話が来たので。まあ盛り上がりましたよね」
野村「全力を出し切った直後でとても疲れていたのですが、その報告を聞いて飛び上がるほどうれしかったのを覚えています」
風間「最終プレゼンテーションに参加したのですが、説明後の審査員の人たちの反応はめちゃくちゃ良かったです。もうスタンディングオベーションって感じで、むしろコングラチュレーションってその場で言われちゃうくらいの感じではありました。それでも疑ってはいましたけど(笑)」<第3回に続く>
野村映之(のむら・てるゆき)/1977年東京都出身。王立英国建築家協会認定建築士。2001年に明治大学理工学部建築学科卒業後、単身渡英。ロンドンAAスクール修了後にグリムショウ・アーキテクツにて空港や駅舎等に携わった後、ウインブルドン・テニスコートのマスタープランにてスポーツ施設の設計を始める。2014年に日建設計に入社後は、ザハ・ハディド・アーキテクツらと共に新国立競技場の設計を担当(後に白紙撤回)。2016年からバルセロナに駐在し、カンプ・ノウの設計業務に携わる。兄はプレミアリーグなどの実況を務めるフリーアナウンサーの野村明弘。
伊庭野大輔(いばの・だいすけ)/1979年東京都出身。一級建築士。東京工業大学大学院建築学専攻を修了後、2006年に日建設計に入社。渋谷駅や六本木の再開発プロジェクトなど、国内外の多くのプロジェクトに関わった後、FCバルセロナの新カンプノウ計画のコンペティションを担当。2016年からバルセロナに駐在し、カンプ・ノウの設計業務に携わる。中高とサッカー部、大学ではアメリカンフットボール部に所属。
風間宏樹(かざま・ひろき)/1980年長野県出身。一級建築士、構造設計一級建築士。慶應義塾大学大学院開放環境科学専攻を修了後、2005年に日建設計に入社。構造設計者として慶應義塾大学三田キャンパス南校舎・東京理科大学葛飾キャンパス図書館棟等の学校建築や多くのオフィスビルを設計。ザハ・ハディド・アーキテクツらと共に新国立競技場の設計を担当(後に白紙撤回)。2018年からマドリッド、2020年7月からバルセロナに駐在し、カンプ・ノウの設計業務に携わる。慶應義塾大学非常勤講師。