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オリンピックPRESSBACK NUMBER
「日本人と一緒で大丈夫?」差別を乗り越え、中国代表シャオミンを金メダルに導いたスノーボードコーチ・佐藤康弘の“信念”とは
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKYODO
posted2022/03/17 11:02
ビッグエアで金、スロープスタイルで銀という快挙を成し遂げた佐藤氏とシャオミン
「あなた、日本人と一緒で大丈夫!?」
佐藤は中国のある地方でトレーニングキャンプを行ったとき、現地の人のそんな声を聞いたことがある。まだシャオミンを指導し始めた頃だ。スーパーマーケットを訪れると、レジのおばちゃんがシャオミンに声をかけてきたのである。同じ東アジア人であるからこそ、似たような顔立ちでも佐藤が同胞でないことに気づいたのかもしれない。
「あなた、歳はいくつ? この人は誰?」
「僕は15歳です。この人は日本から来た先生です」
とシャオミンが答えると、女性は驚き心配して声をかけたのだ。
「僕らは笑っていたんですけど、抗日ドラマの影響とかもあって特に地方では日本人のイメージはやっぱりよくない。差別的な言葉を言われたことも何回かはあります。シャオミンも田舎の出身なので、そっちの方では言われたこともあったみたいですよ。『日本人に教わるなんてどうかしてる』って」
シャオミンと師弟関係となったのは、彼がまだ14歳の時だった。以前から試合会場などでは顔見知りで、佐藤には別の中国選手の指導経験もあった。
当初から佐藤は2人で金メダルを目指す意義をこう説いていた。
「日本と中国の未来のために俺たちはやってるからね、OK? スノーボードを終えた後だったり、スノーボード以外のところに影響を及ぼすためにやっていこう」
不穏な“佐藤”
さらに佐藤は、2018年4月、自国開催でのメダル量産を目論む中国からも代表コーチとしてオファーを受けた。閣僚級の苟仲文(ゴウ・ジョンウェン)国家体育総局長から直々の誘いを受けた佐藤は、体操や雑技、少林拳の経験者を転向させて五輪を目指す『ナショナルトレーニングチーム』というプロジェクト(いわゆるナショナルチームと競い合う新設の別組織。佐藤はその後シャオミンらとナショナルチームに移ることになる)のヘッドコーチに就任する。
その時にもこんな経験があった。
タレント発掘のために少林拳の総本山に出向くと、なぜか不穏な空気が漂い始めた。訪れた寺院で「佐藤康弘」と記帳した途端、僧侶たちがざわつき始めたのだ。
「あれ? 佐藤? 日本人で……佐藤?」
通訳に早く行きましょうと急かされて、そそくさと先に進んだが、聞けば抗日ドラマに出てくる悪役は、大抵が「佐藤将軍」のように佐藤姓なのだという。僧侶たちの中にもそれで刷り込まれたものがあったのだろう。