- #1
- #2
沸騰! 日本サラブ列島BACK NUMBER
現役騎手を続ける大井の帝王・的場文男(65)の“引き際の美学”とは? 2着10回の東京ダービー制覇は「もう諦めた(笑)」
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph byKeiji Ishikawa
posted2022/02/27 11:01
「大井の帝王」として今も現役で活躍する的場文男。60代半ばを迎えても、体力面の衰えはほとんどないという
地方競馬通算最多勝記録を更新したときも、ずいぶん足踏みした。達成まであと2勝としてから、大井で2日、佐賀で1日乗ったが、勝てなかった。浦和で王手をかけ、もう1日浦和で乗っても勝てず、次に乗った大井でようやく達成した。「自分が硬くなって負けた」と振り返ったレースもあったように、プレッシャーがあったことを隠さない。
私たち凡人と同じように重圧に押しつぶされそうになり、足踏みしながらも、最後には超人の域に達してしまう。それが騎手・的場文男なのだ。同じように、あと一歩のところまで10回も来て、「諦めた」と言っている東京ダービーを、ポンと勝ってしまうかもしれない。
富士山のようなオンリーワンの騎手人生
「いつやめてもいい」と言うが、引退後どうするかは、まったく考えていないという。
「調教師になっても、何年もやれないから、それはないね。競馬学校の教官になることもないと思う」
今回のインタビューは、大井競馬場の事務所内で、別々の部屋に入ってのリモート取材だった。終了後、筆者が挨拶に行くと、的場は手招きして窓の外を指さした。
「ほら、あの2コーナーのあたりから、20代前半のころまでは富士山が見えたんだ。大森のあたりは料亭が多くて、高い建物がなかったからね。特に、朝の調教のときは綺麗だったよ。おれは富士山が好きでさ。ゆるやかに登って、頂上の平らなところが長くて、またゆるやかに下って行くでしょう。おれの騎手人生を示しているような山だよね。だから、若いころは、『おれは今、御殿場のあたりにいるんだ』と思いながら乗っていたんだ。17歳から登って、27歳から48歳まで20年以上も頂上にいた。ゆっくり下って、今の自分は、もうすぐ河口湖というところまで来ているね」
そう言って微笑んだ。
口調にも表情にも悲壮感はないし、寂しそうでもない。不思議なのだが、むしろ嬉しそうに感じられる。「下っていること」より、「自分が富士山のように生きていること」を重くとらえているからだろうか。
大井の帝王・的場文男は、大きな存在感のある、ほかの誰にも似ていないチャンピオンジョッキーである。<前編から続く>
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。