Jをめぐる冒険BACK NUMBER
「7500万だったかな。倍以上だった」柱谷哲二が明かすJ開幕前の“日産→読売”禁断の移籍、和司の「行くな」とラモスの「来い」
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byShinichi Yamada/AFLO
posted2022/01/31 11:02
天皇杯を制した日産自動車時代の柱谷哲二（右）と松永成立（1992年1月1月）
「でもね、年俸は全然上がらなかった。600万くらいだったかな。チームは3冠、個人でもMVPに輝いたのに、1年目とほとんど変わらない。『なんでですか？』とフロントに言ったら、『年功序列だ』と。それなら読売に行けばよかったなって（苦笑）」
翌1989-90シーズンも3冠を達成した日産は、読売クラブと激しい優勝争いを繰り広げていく。そんななか、日本サッカー界はJリーグ創設に向け、プロ化へと舵を切った。
92年に日産自動車サッカー部も横浜マリノスとなり、給与体系が大きく変わった。
年俸ナンバーワンはGK松永成立、2番目が柱谷、3番目が加入2年目の井原――。
その一方で、功労者であるベテラン選手たちには厳しい条件が提示された。
「え、1番は和司さんじゃないの？ って。さんざんお世話になって来たから、やりづらいなあと（苦笑）。2番目の評価は嬉しいけれど、まだプロとしてはなんの実績もないんだから『1年目はこれまでどおり年功序列になりませんか』ってフロントに言いに行ったの」
だが、フロントは「決まったことだから」と、柱谷の提案に耳を貸そうとしない。
一方、木村たちベテランは納得できずにいた。
「和司さんは『偉くなったのう』って拗ねちゃった（苦笑）。ほら、こうなるじゃんって。だから、フロントにまた言いに行ったけど、『嫌なら辞めてもいいんだぞ』と言われてね」
日産から読売へ…禁断の移籍の真相
そんな頃、柱谷のもとに3チームからオファーが届く。
大学卒業の際にも声をかけてくれたヴェルディ川崎とガンバ大阪、そして、新チームの清水エスパルスだった。
なかでもヴェルディからは、簡単に断れないような条件を提示された。
「7500万だったかな。日産の倍以上だった。ラモス（瑠偉）さんも直接電話で『来い』って。『和司みたいなパスが欲しいんだ』と言ってくれた。その言葉も大きかった」
時代はプロ化へと突き進んでいる。プロの世界では将来が約束されているわけではなく、年俸こそが自身の評価であり、価値なのだ。
とはいえ、柱谷が重視したのは、お金だけではなかった。
「アメリカW杯予選が翌年（93年）に迫っていた。年齢的にラストチャンスだから、どうしてもW杯に出たかった。それには自分が成長しないと。読売に行けば技術面で伸びると思ったし、逆に読売は守備が緩いから、自分の守備が生かせるんじゃないかとも思った」
新たな挑戦をする意思はもう、固まっていた。
「和司さんからは家に呼ばれて、『行くな。ワシはどうすりゃいいんじゃ。せっかくおまえを育てたのに』って。でも、『すみません、行かせてください』って泣きながら……」
こうして柱谷は日産から読売へ、マリノスからヴェルディへ、禁断の移籍に踏み切るのである。
