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オシムが阿部勇樹に伝えた「指導者になることを意識しながら、プレーを」 引退までの4年間、たどり着いたラストミッション
posted2022/01/21 17:00
text by
塩畑大輔Daisuke Shiohata
photograph by
Daisuke Shiohata
2021年12月19日。サッカー天皇杯決勝の会場、東京・国立競技場。
浦和レッズの選手たちが、ウォームアップのためにピッチに現れた。スタンドを赤く染めるサポーターの拍手が、真新しいスタジアムに響き渡る。そんな喧騒が、かすかな気配としか感じられないほど遠い、会場内の奥まった一角。誰もいないはずの選手用ロッカールームに、なぜか人影があった。
元日本代表MF・阿部勇樹。
この試合を最後に、現役を引退すると表明していた。そんな大事な一戦を前に、なぜひとりで控室に残っているのか。虚空を静かに見つめる瞳には、殺気のようなものがたたえられていた。
サッカーワールドカップ本大会、ACL決勝……。修羅場なら数々くぐってきた。そうした際と同じか、あるいはそれ以上の緊張感を身にまとっている。
そう。彼はピッチを離れたこの場所で、最後まで「責務」を果たしていた。
サッカー選手・阿部勇樹、最後のミッション。その始まりは、4年前の冬だった。
阿部とオシム、久々の再会を果たしたのちに
2017年12月25日、午後8時。
成田空港第2ターミナルに、1機の旅客機が到着した。90番台の到着スポットは、入国ゲートまでかなり距離がある。長いフライトの疲れもあって、乗客たちは長い通路をフラフラと歩いていた。その間を縫うように、早足で歩く人影がひとつ。
上下黒のスウェット姿。異様なまでに膨れ上がった太ももが、足を進めるたびにリズミカルに収縮している。
阿部、当時36歳。
恩師イビチャ・オシムさんを訪ねた長旅から帰ってきたところだった。
入国手続を終え、到着ロビーに歩み出る。ドーハ国際空港での乗り継ぎで、9時間待たされたこともある。サラエボを出てからすでに、26時間がたっていた。傍らで同行者たちが、ホッとした様子でため息をつく。
阿部とオシムさん、10年ぶりの再会をお膳立てできた達成感もあった。
「本当によかった」
笑顔で握手を交わしあっている。だがその輪に、阿部は加わっていなかった。少し離れたところで、思いにふけっている。表情は硬い。やがて頭を下げながら、ポツリと言う。
「じゃ、自分は帰りますね。今回は本当にありがとうございました」
同行者たちは気まずそうな表情で、阿部を見送る。だが、少し気を抜いてしまったのも、無理はない。帰国便に搭乗する直前の阿部は、まったく違う表情をしていたからだ。