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《引退》西川周作からの確信的ごっつぁんゴール…控えめな赤嶺真吾が最後に話した“点取り屋の自負” 故郷で終えた幸せなサッカー人生
posted2022/01/14 17:02
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph by
J.LEAGUE
特別な引退会見もなければ、感傷的な惜別セレモニーもなかった。義理人情に厚く、控えめな赤嶺真吾らしい最後である。
16シーズンにわたりプロの舞台で活躍し、J1・J2通算428試合に出場。現役ラストの1年を過ごしたFC琉球にスパイクを脱ぐことを伝えたのは、2021年シーズンの試合がすべて終了してからだった。
「気持ちを切らしたくなかったので。喜名哲裕監督は同じ沖縄出身の先輩でもありますし、余計な気を使わせてしまうな、と。自分の力で出場機会をつかんで、終わりにしたかったんです。会見やセレモニーは、特になくてもいいかなって。僕はヨシト(大久保嘉人)さんたちみたいに日本代表で活躍したわけでもないですから」
現役ラストマッチは、J2最終節の栃木SC戦。1-1の74分から途中出場すると、CKのこぼれ球を右足で押し込み、決勝ゴールを挙げた。J1・J2リーグ通算88点目もゴールの匂いを嗅ぎ分け、泥臭く決めた。有終の美を飾る一発になったことを知っていたのは、チームメイトの中でも沖縄出身の上原慎也と上里一将だけ。本人は勝利の喜びとともに特別なゴールの味を静かに噛み締めていた。
試合から3日後に38歳の誕生日を迎えた赤嶺は、清々しい表情で振り返る。
「思い出に残る1点になりました。開幕前からこの1年、やり切ることができたら、終わりかなと思っていたので、最後に点を取れてよかったです」
「ゼロ」のまま引退はできなかった
21年シーズンは27試合に出場し、3ゴール。先発出場は4試合だったものの、ジョーカーとして役割は果たした。もう思い残すことはない――。
2020年はファジアーノ岡山で無得点のまま終わり、契約満了を告げられた。35歳を過ぎて、次から次に年齢の近い仲間たちが引退していく姿を見てきたが、ストライカーとしてゼロのまま終われなかった。体もまだ十分に動く。代理人には条件を度外視し、チームを探してもらった。
そこでタイミング良くオファーをもらったのが、生まれ故郷のクラブ。沖縄でプレーできることを心の底から喜んだ。