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ボクシングPRESSBACK NUMBER
禁止薬物の陽性反応でライセンス停止から4年…IBF世界王座を獲った尾川堅一が明かす“地獄の日々”「自分のためならとっくにやめている」
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byYuki Suenaga
posted2022/01/23 11:00
禁止薬物の陽性反応からおよそ4年、IBF世界スーパーフェザー級王座を獲った尾川堅一
「もちろん出た時点で“クロ”だとは理解しているが……」
自分の身に何が起こっているのかさえ分からなかった。ファーマーに勝って世界王座を手に入れて地元の愛知・豊橋市からスポーツ特別賞の表彰を受けるなど世界チャンピオンの栄光を実感しはじめていたころ、試合前のドーピング検査で陽性反応が出たことを通達された。
そんなことはあり得ない、これはきっと何かの間違い。彼は心のなかでそう絶叫した。
「もし風邪薬に入っていたものだったら自分のミスだなって思えます。でも筋肉増強作用のある合成テストステロンが出たって言いますけど、ただでさえ減量きついし、無理に筋肉増強したくもない。第一、そんなことやったらどうなるかって自分自身がよく分かっていますから。もちろん出た時点で“クロ”だとは理解しているし、被害者ヅラしようとも思っていません。そこは何て言っていいのか分からない。集約すると“悔しい”という表現しかないんです」
試合当日の検査は陰性だった。アトピー性皮膚炎の治療薬が反応した可能性は認められず、なぜ体内に入ったのかという経路は分からなかった。ネバダ州コミッションの調査に全面的に協力したこともあり、ネバダ州の出場停止処分は軽減された。納得はできないが、出た時点で“クロ”であることは百も承知している。会見では「ご迷惑をお掛けしました」と頭を下げた。もどかしかった。
「ボクシングなんてやってこなきゃよかった」
称賛は、すべて非難に塗り替えられた。インターネットのコメントを目に入れると心がメッタ打ちにされた。
玄関に大切に飾ったベルトを返却しなければならなかった。大好きなパパの勲章を手放すことを、子供たちが最後まで嫌がったという。自分の気持ちを代弁するように。
帝拳ジムでの練習も認められなかった。自宅の狭いスペースで練習するしかなく、夜の人気のない時間帯にロードワークをした。
むなしかった。
「こんなに苦しい思いをするなら、ボクシングなんてやってこなきゃよかったと思いましたよ。ずっとそんな気持ちでした。もうどうでもよかった」