- #1
- #2
ボクシングPRESSBACK NUMBER
「家族がいなかったら死んでいた」IBF世界王者・尾川堅一が語る“薬物陽性”から復活した“ニューヨークの夜”
posted2022/01/23 11:01
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph by
Getty Images
待ちに待った名誉挽回のチャンス。
これを逃したら、もう2度と訪れないかもしれない。
緊張するのはガラじゃない。試合前の控え室で居眠りしてしまうほど図太いほうだ。しかしながらアジンガ・フジレ(南アフリカ)とのIBF世界スーパーフェザー級王者決定戦に備えて6日前に開催地となるニューヨークに到着してからの尾川堅一は、午前3時に目覚めてしまう日が続いていた。
「到着したその日だけはぐっすり眠れたんですけど、翌日から試合当日まではずっとその状態でした。時差の影響もあるとは思います。ただ4年前に(テビン・)ファーマーと王座決定戦をやったときは2、3日で抜けましたから、試合が近づいていくにつれて興奮したところはあると思います。これに勝ったら世界チャンピオンとして認められるわけだし、勝者としてコールを受けることをずっとイメージしていました」
「これで人生を変えられる」…過去一番の緊張が襲ってきた
11月27日、ついにその日はやってきた。
尾川の試合はワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に勝利して4団体統一ライト級王者となったテオフィモ・ロペスの防衛戦のセミファイナルに組み込まれていた。マジソン・スクエア・ガーデンに入ってからも緊張して落ち着きがなく、陣営を心配させた。「これで人生を変えられる」と思うと過去一番の緊張が襲ってきた。
ゴング前、リング中央でレフェリーから注意事項を聞く際に尾川はフッと笑った。フジレとは目を合わせず、相手の腹のほうに目をやっている。外からはリラックスしているように見えたが、内実は違っていた。
「レフェリーってああいう場でボクサーに何も聞かないのが普通なのに“準備はいいか”みたいなことを聞かれて何も答えないでいたら、ちょっと怒られたような気がして。リラックスして笑ったんじゃなくて、あれは“何で俺怒られるの?”っていう苦笑いのほうでした」
緊張はマックス。
しかしゴングが鳴ると不思議なものでいつもの自分に戻っていく。向き合ってみると負ける気はまったくしなかった。25歳のフジレはサウスポーのアウトボクサー。ここまで15勝(9KO)1敗のキャリアを誇る。タイミングのいい右フックは厄介なパンチだった。