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《追悼》『ドカベン』『あぶさん』水島新司さんは少年野球マンガの何を変えたのか? 「野球は巨人」「打者は全打席ホームラン」が定番だった 

text by

高木圭介

高木圭介Keisuke Takagi

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photograph byJIJI PRESS

posted2022/01/17 15:30

《追悼》『ドカベン』『あぶさん』水島新司さんは少年野球マンガの何を変えたのか? 「野球は巨人」「打者は全打席ホームラン」が定番だった<Number Web> photograph by JIJI PRESS

46年続いた野球漫画『ドカベン』の連載が最終回を迎えた「週刊少年チャンピオン」特別号

野球観すらも変えた水島新司

 野球の面白さ、厳しさ、そしてせつなさをも知り尽くしていた水島先生が球界に残した功績は限りなく大きい。ルールの妙や配球勝負の面白さをも熟知していた水島先生は、自作の中でそれらを存分に活用した。

 それまでの少年野球漫画は「投手は毎回、三球三振を奪い、打者は全打席ホームランを打てば勝てる」的な野球観が主流だった。昭和40年代、『巨人の星』でボールは消え、『侍ジャイアンツ』で硬球を握り潰し、『アストロ球団』では魔球でバッターを殺害してしまう殺人投法まで登場するなど、何でもアリな荒唐無稽路線こそが主流となりつつあった。昭和40年代後半はオカルトブームが到来。時期的にもそろそろ念力や超能力を持った選手が活躍してもおかしくはない雰囲気でもあった(実際にその手の漫画も存在した)。

 だが、昭和47(1972)年に連載スタートした『ドカベン』にて、水島先生は「野球を熟知した作者のみが可能な、絶妙なサジ加減の荒唐無稽」によるキャラクター作り、物語の展開で少年読者のハートを鷲づかみにしつつ、ルールや配球の妙などで、野球の魅力を伝えることに成功。野球強者のインフレを阻止すると同時に、後に続くリアリティをも重視しつつ、それでいて漫画ならではの荒唐無稽でワクワクさせてくれる野球漫画の礎を作った。

不遇パ・リーグの魅力を伝え続けた

 そして、水島先生のもう1つの功績はパ・リーグ人気の啓蒙だ。21世紀に入ったあたりから、ようやくプロ野球の人気バランスは、各球団、各地域とフラットに分散した感があるが、昭和25(1950)年のセ・パ分裂以来、読売グループの啓蒙活動、テレビジョン普及による日本テレビの巨人戦中継、ON人気や巨人のV9時代、夕方の時間帯で延々とループされる『巨人の星(再)』『侍ジャイアンツ(再)』などを経て「野球は巨人」が根づき、それに伴うセ・リーグ人気がパを圧倒という、非常にアンバランスな時代が長く続いていた。

 そんなパ・リーグ不遇の時代にも、水島先生はテレビでは滅多に見ることができないパの名選手の存在や魅力を、南海ホークスを中心とした『あぶさん』などでファンに伝え続け、現在へと続く基盤を築いた。いくら「実力の世界」とはいっても、プロ野球が興行スポーツである以上、人気と知名度があってのもの。水島先生に足を向けては寝られないプロ野球関係者も多いはずだ。

【次ページ】 当時では驚異の単行本巻数

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