濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
《衝撃の敗戦》朝倉海の敗因は“右拳骨折”だけだったのか? RIZIN GP決勝、扇久保博正に劇的リベンジを許した「自分の実力不足」の真相
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2022/01/01 17:08
2021年12月31日、RIZINバンタム級ジャパンGP決勝で対戦した朝倉海と扇久保博正
ワンサイドの展開になった原因とは?
加えて効果的だったのが“際”の打撃だ。海や井上のようなトップ選手になると、タックルで組みついてもそう簡単にはテイクダウンをさせてくれない。そこでしつこく押し込んで体力を消耗するのではなく、扇久保は自分から突き放し、その瞬間にパンチをねじ込んだ。
“打って投げて極める”闘いを、扇久保は“根性”で完遂した。投げで打撃が封じられることもある。打撃が決まるからタックルに入りやすくもなる。局面と局面の隙間、すなわち“際”にさえ攻防が生まれる。それが“総合”格闘技であり、扇久保の勝因は総合格闘技をやり切ったことにあった。
「総合格闘技ではなんでもできないと勝てない」
それは海も言っていたことだ。現代の総合格闘技の選手なら、誰もが押さえている基本。打撃も投げも寝技も、それにそれぞれのディフェンスも水準以上にできた上で、プラスαとして得意な攻撃を持つ。それが総合格闘技における“強さ”なのだ。
海はこの試合で、プラスαを欠いていた。突出したプラスαがないように見られていた扇久保は、自分にとってはすべての攻防がプラスαなのだと考えた。判定3-0、ほぼワンサイドの展開はそこから生まれたのではないか。海は“総合格闘技で負けた”。だから「自分の実力不足」と言うしかなかった。
「諦めなくてよかった」扇久保がようやく掴んだ栄光
そしてもう一つ。扇久保がここまで力をつけ、それをリングで出し切ることができたのも予想外だった。彼は常に“惜しい”選手だった。実力はあるのに、あと一つの勝ち星が遠い。主役になりきれない。
修斗での初のタイトルマッチは敗北。世界タイトルを獲得したものの、初防衛戦で“超新星”と呼ばれていた頃の堀口にベルトを奪われた。RIZINに乗り込んでの堀口との再戦にも敗れている。
UFC参戦をかけたトーナメントは決勝戦で敗退。海外で試合をして準優勝は立派な成績だが、UFCとの契約は叶わなかった。2016年のことだ。その翌年、日本人史上最年少でUFCと契約したのが井上直樹。扇久保はRIZIN大晦日の舞台で、UFCをめぐる過去をも清算したことになる。
勝ち切れなかった男が勝ち切った。それがRIZINバンタム級ジャパンGPだった。ヒップホップやレゲエで入場する選手が多い中、扇久保の選曲は吉田拓郎の『落陽』。試合後には「諦めなくてよかった」という言葉とともに牛丼を食べる写真をツイッターにアップしている。そういう男が掴んだ栄光だった。
リングにあったのは、朝倉海の敗因ではなく扇久保博正の勝因だった。海が負けたというより、扇久保が勝った試合だ。衝撃的で、なおかつ心から「よかったなぁ、報われたなぁ、おぎちゃん(扇久保の愛称)」と思える大晦日のメインイベントだった。
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