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甘くない現実を突きつけられたミャンマー難民GKがついに… 「1分強で2失点」の初陣で覚醒した“サッカー選手の本能”
text by
木村元彦Yukihiko Kimura
photograph byKentaro Takasaki
posted2021/12/19 17:02
ついに日本デビューを飾ったピエリアンアウン。しかしそこが到達点でないことは、本人も周囲も知っているはずである
生真面目で主体的な性格ゆえにそれらに対する慙愧が沸き起こり、もしかすると日本でプレーすることから、気持ちが離れかけているのかもしれない。一方で、支援者からの期待に応えなくてはいけないという気持ちの板挟みになっているのではないか。
それならば、無理に選手を続ける必要は無い。自らの人生を大切にしてもらえれば良い。ただ一度引退を決めてしまうと、そこからの現役復帰は、今以上に厳しくなる。後悔だけはして欲しくないと強く思った。
突如訪れたピエリアンのデビュー戦
11月19日のペスカドーラ町田戦では再びメンバーから外れた。もう今年は、出場は無いのかもしれない……。この頃になると、追っていくメディアも少なくなった。
そして11月23日、横須賀アリーナでのバルドラール浦安との一戦。2試合ぶりにベンチに座った。
前田はこの試合のゲームプランを、「序盤は一定の時間までゼロで凌いでまず先制する」と決めていた。ところが、これが崩れた。8分1秒に相手FPの東出脩椰にゴールを許してしまうと、その後も失点を重ねてしまう。
2点差を1stピリオドで追いつくべく、この段階でGKをフィールドプレイヤーと交代させて5人全員で攻撃をするパワープレーをしかけるが、逆に浦安はYS横浜の戦術を研究していた。17分48秒にボールをキャッチしたGK税田拓基からの目の覚めるようなシュートを無人のゴールに決められてしまう。
浦安の小宮山友祐監督が試合後に「あの3点目はたとえ、決まっていなくても良かった。練習通りのパワープレー返しを見せつけることで、出鼻を挫く効果があった」と語ったほどに大きなプレーだった。
勢いに乗った浦安は2ndピリオドに入ると20分48秒、22分43秒と立て続けにゴールを割った。YS横浜は荒川勇気が1点を返すが、残り10分を切った段階で1対5と大差をつけられる展開となった。ここで前田が動いた。背番号25を呼ぶと、アップを命じたのである。ピエリアンにとってはあまりに突然のことだった。
「今日、試合に出るとは思っていなかったので、緊張で頭の中が真っ白になった」
ふわふわと宙を舞う心地でゲームに入った。4点を追う段階でのピエリアン投入の意図を前田はこう考えていた。
「ゲームは生き物で常に変化します。その変化の中で使いたいという根拠がありました。GKをアウンにしてシフトチェンジすることで良くない流れを断ち切るということ。今まで、チームのみんなはアウンが入団して以来、練習で見守り、全員で彼を助けて来た。その気持ちから、アウンを入れることで、少し浮足立っていたチームをもう一度一つにしようという狙いがありました」
極度の緊張に支配され、期待には応えられなかった
キャプテンの宿本諒太ともその考えはシンクロしていた。
「正直、ラファよりも劣っているGKですから、彼を助けないといけないという意識を持ちました。展開的に入りづらいシチュエーションでピッチに入るわけですから、意識的にコミュニケーションを取りました」
ピエリアンに期待されたのは、前田のチームポリシーである、全員が助け合って戦うという意識の再統一と言えた。宿本の言葉からもラファがベンチに下がったことへの不安よりも「アウンが入るなら、俺たちがしっかり助ける」という前向きな意志の共有は見て取れた。
しかし、極度の緊張に全身を支配されていたGKはその期待に応えることができなかった。